向かうは
モランベルトに新たな客寄せが生まれ、サラの酒場が小規模経営の個人店にしては異例のヒットを叩き出したことで、その店主である彼はホクホク顔であった。
「うーん、スゴい。これで今までの大赤字が赤字くらいには減ったわ。まさかこれほどの力があるとは……」
「……それは店として、大丈夫なのだろうか」
「平気よ、赤字は魔物の素材で賄えば良いもの」
「それもそうか」
「違うよバルパ、そこは頷く場所じゃない」
イメージチェンジと威圧のために黒色のいかつい鎧に着替えているバルパは、横にミーナを連れテーブルに座っていた。
今は閉店直後の売り上げ計上の時間である。基本的に疲れ知らずなバルパと、疲れをおしてでも彼との時間を得ようとするミーナは、目の前の銅貨と銀貨の束を見つめている。
元の売り上げを知らないためになんとも言えないが、一日の売り上げとしてはかなり多い方なのだろう。稼ぎは良いバルパとしては金貨数枚分がそれほど価値が高いとは思わないが、サラのご機嫌な顔を見れば恐らく喜ばしいことなのだろうとわかる。
バルパ一行がサラの店で働くことになってから、既に二週間ほどが経過していた。
彼が情報の対価として求めたのは、バルパ達全員に従業員として働いてもらうことであった。特に不条理を突きつけたりするような要求でもなかったためにバルパはこれを快諾。
具体的な期間は明言されなかったが、私が良いと思ったまでというその言葉を信じ彼らは働くことにした。
レイやウィリス達奴隷娘を働かせることは問題があるのではないだろうかと最初は考えたものだが、そのあたりの問題はサラが魔法で解決してくれた。光の魔法により幻影を生み出し、隷属の首輪を見えないようにしてくれたのだ。
こんな方法があるのならスースも最初から使ってくれれば良いのにとも思ったが、少し考えてみればわざわざ隠しても面倒が起こるだろうと気付く。
下手に奴隷であることを隠し手続きを怠っていた場合、別の人間に本契約を行われ所有権が移ってしまう可能性がある。恐らく彼女はそのあたりを気にしたがゆえに自分に何も伝えなかったのだろう。
とりあえずサラの魔法のおかげで奴隷でも問題なく働けるだけの条件が整い、バルパ達は慣れない飲食業に精を出すことになった。これもまた困難の連続だった。
まず人間嫌いのウィリスが人間相手にまともに接客が出来るようになるのも時間がかかったし、態度の大きいウィリスが接客業らしく平身低頭出来るよう矯正することは結局不可能だった。だが何故かあの高飛車な様子がウケて彼女が酒場の看板娘になるのだから、世界は不思議に満ちている。
バルパが担当することになったのは有事の際の暴力装置係と閉店後の金銭の処理であった。彼と戦おうとする無謀なものはそれほどの実力が無いものばかりであり、そして数を数えること自体は簡単だったためこれらの役目はほとんど問題もなく遂行することができた。
ルルもミーナもどうやら彼女達なりに楽しんで接客に精を出していたらしい。エルルとヴォーネはマスコット的な扱いを受け年嵩の者達からの受けが良かったのも面白い。
ほとんど人間としか関わってこなかったバルパには色々な魔物と出会えるのは新鮮な経験であった。人間に近しい者が多かったが、中には背丈が近いだけで全身がゲル状の魔物もいた。それほど言葉を交わしたわけではなかったが、自分や人間達とは全く異なる種族の者達が生きていることを実感するのには、確かな意味があるように思えた。
どうしてサラがわざわざこんなことをさせたのだろうかという質問にも、なんとなく予想はついた。
恐らく彼は自分達の性格なり素行なりを、自分の得意な飲食業というフィルターを通して見ようとしたのだ。
そのお眼鏡に叶えたのかどうかはわからなかったが、今のところ断りの文句を聞いたりはしていない。
「ちょっと小腹減ったし、何か作ろうか?」
「そうだな、材料は俺が出すから作ってくれ」
バルパがドラゴン肉を取り出して渡すと、一つ頷いてからサラが厨房へ歩いていく。
ミーナと話をしながら待っていると、料理の盛られた皿を持って彼がやって来る。肉の中に野菜を埋め込んだ一品は、いくつかあるバルパのお気に入りの一つだ。
「いただきます」
「いただきます」
一つの皿を二人で分けながら食べるバルパとミーナ、そんな二人を微笑ましく見守っているサラ。人が増えたり減ったりしていても、この光景は二週間で慣れ親しんだものになった。
「うまいっ‼」
「おい、タレが口についてるぞ」
「んー」
ごしごしと手ぬぐいで口を拭ってやるバルパ、ミーナも目を瞑り脱力してそれを受け入れる。それほどの量があったわけではないので、食事はすぐに終わった。
「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさま」
自分の皿と二人のそれをテーブルの脇に重ね、サラがどっしりと椅子に座り込む。
先ほどまでのにこやかな笑みが、少しばかりキリリと引き締まった。
「もう言うまでもないことだと思うけど、皆合格よ」
「そうか、それなら情報を教えてくれ」
「そんな淡白な言い方ないだろ、そういうところは変えなくちゃダメだ」
「あらあら構わないわよそれくらい」
サラが横を向き、収納箱から葉巻を取り出した。干した草をくるくると紙で包み、指先に出した炎で火を着ける。
「とりあえずエルフとドワーフの方は、年に一度のお便りしかないからしばらく待ってもらわないといけないわ。あと半年もしたら来てくれると思う。天使族の方は……実は結構近くに住んでるのよ。具体的に言うと、モランベルトの南の方にいるわ。あまり数は多くないけどね」
「おぉ……」
思わず声をあげるミーナを見て、さもありなんと頷くバルパ。
どうやら自分達は彼の試験に合格したらしい。
正直な話ここでのまったりした暮らしも楽しいが、レイからすれば一刻も早く向かって欲しいだろうからあまりゆっくりもしていられない。
それならば出るのは明日か。そう考えここ最近で随分見慣れた酒場を見渡してみる。
「どうしてこんなに早く教えてくれる気になったんだ?」
「あなたの態度と、それからウィリスちゃん達の行動。全部見れば、色々とわかることもあるのよ」
「そんなものか」
「そんなもんよ」
別れの酒宴をしたりするわけではないし、しんみりとしているわけでもない。
バルパは詳しい話を聞き出したいとは思わなかった。
ただ一つだけ思ったこともある。
「とりあえず一人を送ったら、一度くらいは顔を見せに来る」
「そう、楽しみにしないで待っとくわ」
ヒラヒラと手を振るサラを背に、バルパとミーナは取っている宿へと歩いた。




