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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第四章 天使の羽を踏まないで
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酒場にて

 魔物の領域には幾つもの小国家や部族連合が存在するが、その中で力を持っているとされていると目されているものは合わせて三つ。人魔問わず有力な生物を集めている人獣国家メロキマイラ、排他的で強力な竜に連なる者達による種族国家ドラゴニア。

 そしてもう一つ、前者二つと比べると一段劣り、特にこれといった特徴のない連合国家シラスヴェルク。この国は切り立った崖と海に囲まれている特性上滅ぼされていないだけの、弱小な国家連合だった。幾つもの国による合議制が取られているために会議は進まず、決済は遅く、統一軍というものがないために軍の実力も他国と大きく水を空けられている。

 制度も法も各地によってバラバラで、天然の要塞さえなければ既に滅びているであろうことは疑いようがない。

 シラスヴェルクには実に多くの生物が存在している。人も魔物も、あらゆる生物が共存しながら生活を送っている。

 多民族国家ならぬ多種族国家という形を取る国には各地から日陰者が集まる。 

 実に色々な生物が溜まる種族の坩堝であるその国にも、掃き溜めというやつは存在する。

 それはどこからともなく湧いては去っていく、冒険者という存在だ。彼らはどこででも歓迎されず、そしてどこにでもいる。

 それはシラスヴェルクが一画、山岳帯モランベルトでも同様に。




「っざけんな、これはどっからどう見てもホロホロ鳥だろうが‼ どうして報酬の効果の色が銀じゃくて銅なんだよ‼」

「傷だらけで血抜き処理がいい加減なんです、当然じゃないですか。むしろこれで半額貰えることを有り難く思ってください」

「…………ケッ、わーったよ‼」


 男はテーブルの上に乗っている硬貨をひったくるように掴んだ。そのまま肩を怒らせながら建物の中を歩いていく。


「また明日も来てやるぜ、こんちくしょうめ‼」

「またのお越しをお待ちしておりまーす」


 男が捨て台詞を吐きながらドアを閉じると立て付けの悪いドアが勢いよく閉まる。だが斜めに傾き蝶番がバカになっている扉は中途半端な位置で止まり、ギシギシと音を立てる。

 扉がぶつかった衝撃で立て掛けてあった看板が落ちる。ゴロゴロと転がり表を向いたその木片には、冒険者モランベルト支部という文字が刻まれていた。


「……チッ、このおんぼろギルドがっ‼」


 自分で倒したものをしっかりと元の位置に戻している乱暴なのか几帳面なのかわからぬ彼の名はムムム、Dランクのベテラン冒険者である。彼の目は円らな黒目、頭には鶏冠があり、全身はごわごわとした黄緑色の毛に覆われている。

 ムムムは鳥人種の中でも飛べない無翼種と呼ばれるタイプの亜人であり、多種族からは鳥頭とバカにされ、同じ鳥人種からは地に這う地鶏とバカにされる悲しい運命(さだめ)を背負っていた。

 だが持ち前のポジティブさと人の良さからなんとか居場所を作り、今ではいっぱしの冒険者として活動しても侮られぬ程度の立ち位置を築くことに成功していた。

 彼への視線がどこか生暖かいのは、彼の種族ゆえのことではなく、純粋に彼の言動に原因がある。おっさん、だがツンデレ。そんな誰特な特性を持つ彼は、なんやかんやでギルドの職員達と友好的な関係を築けていた。

 厳しいようで優しい彼は、しかしあまり金の稼ぎはよくない。

 今日の飯もまた筋まみれの肉入りスープと雑草かなぁ。途方に暮れながらムムムは行きつけの酒場目掛けて歩いていく。

 彼のお気に入りは、二品頼めばいつまででもいれるサラの酒場という場所である。おっさんくさい言動のくせ酒は一滴飲んだだけでぶっ倒れてしまうムムムは、そこで適当に酔ったふりをするのが好きなのである。


「いらっしゃい‼ ……ってムムムじゃないの」

「やしいスープと葉っぱくれ」

「ガマニクのスープに青レンズのサラダね、もう何回も食ってんだからメニューの名前くらい覚えたらどうだい」

「スープと葉っぱで十分だろうが」

「はいはい、わかったってば」

 

 サラのとついていることからもわかるように、ここを切り盛りしているのはサラという名前の人物だ。だが残念なことに、サラはゴリゴリの男である。

 筋骨粒々な上体の下に妙に丸みを帯びた肢体を持つ彼は、擬女族と呼ばれる種族の男である。男女の別なく下半身は女っぽくなるために、彼らの雌雄を見分けるには性器を確認するか上半身から推測する必要がある。だがサラのダンディズムから、下半身をわざわざ確認せずとも性別は明らかだ。

 眼帯の下に魔眼を仕込んでいると噂の右目から口にかけては大きな傷跡が走っており、口を開かずとも黄色い歯が見えている。

 サスペンダーで止めている麻布の服は、上下一体になっている。アンダーも着ているが、くっきりと浮かぶ筋肉は全く隠せていない。

 なんでも昔はその道でならしていたという話らしいが、どこに続いている道なのかを知っている人間はいない。

 ムムムは適当に席に座ってあたりを見た。この店のメニューは安かろう悪かろうな物が多い。そのためここはどこかで酒を飲んだ人間が、二次会三次会のための場所として使うことが多かった。

 ムムムはムムッと唸りながら柄の悪そうな人間のいるテーブルを見つめる。ムムムとは絶対に言わないと決めている彼の視線の先では、酔っぱらって気の大きくなった亜人達が騒いでいた。


「あー、合ハンしてぇ……」

「それなー、来週あたり三々でやんべ」

「俺今超テムジンパーティーしてぇ、やべぇ」

 

 合ハンとは最近流行っている魔物の討伐を男女で行う合同ハントの略で、テムジンパーティーとは一流魔物馬車会社テムジンの斡旋する馬車の中で行われるパーティーである。

 どうやら彼らは今ノっている冒険者パーティーらいい。合ハン出来るだけの実力があればなぁと万年女日照りのムムムは彼らをちょっとだけ羨んだ。鈍感な彼が実はギルド職員で一番人気の受付嬢パームに思われていることに気付けていないのは、誠に残念なことである。


 彼らがはしゃいでいる様子を見て若いって良いなぁと思っていたムムムはカランコロンと鳴るドアベルにより新たな来客を知る。

 

「はいいらっしゃい……ってあらあら可愛い子ね。先に言っとくとうちは先払いだから」

「問題ない、肉をくれ。十人分だ」

「銀貨七枚よ」

「わかった」


 やって来たのは妙な集団だった。青い甲冑を着込んだ人間は、どういう理由か少女を肩車している。彼の頭にぐでんと体を預けている少女は、恐らく人間。


「疲れました」

「脳筋ばっかなんだもん、やんなっちゃうよねー」

 

 そのすぐ後ろにはこれまた二人の人間の女性が続く。赤いローブを着た少女と、赤い修道義を着た女だ。前者は気が強そうで、後者はおっとりとしていそうな見た目をしている。


「あらあら、これは人間の銀貨じゃない。ダメよオイタしちゃ」

「む、そうか。ついうっかり」


 男がばしんと頭上の少女から叩かれる。どうやら立場は少女の方が上らしい。


「ここは奴隷を連れてきても良いと聞いた」

「もちろんよ、客に貴賤はないもの」

「……よし、もう入ってきて良いぞ」

「…………ヒュウ」


 入り口付近で様子を伺っていた若者のうちの一人が口笛を吹いた。彼の目は入ってきた奴隷の一人に固定されている。

 ムムムも思わず唸りそうになるほどに綺麗な女だった。その後ろにまた一人女が続く。


「ひょおっ」


 三人組のもう一人が声をあげる。後ろの女もまた、とんでもない美人だ。鳥人種である彼でさえそう思うのだから、生粋の人間である彼らにとってはなおさらだろう。最後にもう一人奴隷が入ってくるが、そちらはちんちくりん過ぎてムムムには魅力的とは思えなかった。


「良いね」


 若者三人衆の最後の一人がニヒルな笑みを浮かべる。まぁ人の好みは十人十色だからな、とムムムは寛容である。

 ともかく好みの女の奴隷が三人、若い男が三人。この状況で何も起きないはずもない。


「おいちょっとそこのあんちゃん、その子売ってくんねぇかなぁ? もしくは一晩でも良いんだけど」

「俺その真ん中の娘、絶対俺のモノにする‼」

「俺は最後のあの子。良いよね、まな板って」


 どうやら早速恫喝紛いの交渉が始まったようだ。奥でサラが息を潜めているのがわかる。

 まぁアイツはかなり腕が立つし、いざというときはなんとかしてくれるだろう。


「………はぁ」


 鎧の男が溜め息を吐く。うんざりだと言いたいのが態度だけでわかる。


「何舐め腐っちゃってる感じ? 若いからって俺らのこと舐めてね?」

「この世は弱肉強食っつうわけ、悪く思わないでくれな」

「……ハァハァ」

「ヒッ、バルパさん。あの人怖いですっ‼」

「良い機会だし、身請けされてみたらどうだ?」

「やです、バルパさんが良いですっ‼」

 

 どうやら鎧の男はバルパというらしい。彼はトントンと兜を叩いてから視線を三人衆に向けた。


「最後に忠告するぞ、止めておけ」


 ムムムは彼から確かな風格を感じ取った。だが三人組はどうやら目先の女に意識を割かれているようで彼のことなど石ころ同然にしか思っていないようだ。


「行くぞ、やっちまえ‼」

「っしゃ、パーティーの始まりだっ‼」

「僕のこと、お父さんって呼ばせてやるっ‼」


 三人が一斉にかかろうとする。流石大言を吐けるだけあってその動きは鋭く無駄がない。

 三人で半包囲するように二人が迂回し、一人が正面で引き付けようと動こうとしているのがムムムにはわかる。だが彼にわかったのは、そこまでだった。


「ぎゃっ⁉」

「うぎゃっ⁉」

「ぐえっ‼」


 ムムムはしっかりと彼らを見ていたにもかかわらず、彼らがどんな攻撃を受けたのか見えなかった。わかったのはその結果として、彼らが情けない音を立てながらドアをぶち抜いて飛んでいったということと、拳から煙を出しているバルパがどっしりと構えていることだけだった。

 魔法にしては飛びすぎている、それに魔法ならわざわざ背後を取りに行く必要はない。

 だがそれなら身体強化だけであの速度を? そんなのAランク冒険者でも……


「あらあら、随分派手にやったわね」

「スマン、弁償はしよう」

「平気よ安物だから。その分いっぱい食べて飲んでくれれば、それが一番嬉しいわね」

「それなら三十人分に変更で頼む。あとは……酒は飲まんから、果実水を人数分頼もう」

「かしこまりっ」


 キャピッと片足を上げながらウィンクするサラの姿は恐ろしかったが、ムムムにはそれと同じくらい彼の存在が恐ろしかった。

 こいつはとんでもない奴が来たもんだぜ。ムムムはニヒルな笑みを浮かべながら、ただの水を無駄に喉を鳴らしながら一気飲みした。 

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