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所変わっても

 ザガ王国において秘かに伝え聞かれている、オーガの腰簑という寓話がある。

 とある村でオーガの襲撃があり、女達が連れ去られてしまった。

 戦争に出掛けていた男経ちは帰還してから魔物の襲撃に怒り、疲れた体でオーガの巣穴目掛けて走って行った。

 そしてようやく巣穴に到着するとそこにはオーガ達を尻に敷きその腰簑を洗っている女衆の姿があった、という非常にシンプルな話である。

 星光教が普及し魔物関連の寓話や逸話はほとんど公的な文書からは消えたが、未だに民草の間ではこういった話はよく話題にあがる。

 この寓話が示しているのは、女はどこででも生きていけるということである。

 それは女の生き汚さを詰りながらも、女の強かさを認めているこの話は、どのような女性にも当てはまる。

 つまるところ女性というものは、環境に適応する能力が非常に高いのである。

 そしてそれはスースという生粋の箱入り娘もまた例外ではない。

 二人は逃避行を続けた。追っ手を退け、指名手配を力ずくで取り下げさせ、国を横断し、 王国を抜けていく最中、彼女は常にヴァンスと共にあった。

 どうやらかなり強引な方法で魔力を増やしていたらしいヴァンスに追い付くには、相当に頑張らねばならない彼女は必死に努力を重ねた。

 舐められぬように言葉遣いを変え、そして基本ちゃらんぽらんなヴァンスを補佐するように自分を律し、作り替えていく。

 互いが互いを補うかのように、彼女はヴァンスには出来ない策敵や探査、交渉といった方面に努力を行っていった。

 そして二人は気付けば、国ですら容易に手出しをすることの出来ぬ存在になっていた。

 それから国と形ばかりの和解をし、色々と今までの問題を強引に棚上げし、なんとか二人は犯罪者から立派なSランク冒険者に正式に認められるようになった。

 全てが順風満帆なように見えるが、決してそうではない。少なくともヴァンスはそんな風に考えていた。




「おらおらっ、チンタラやってんじゃないよっ‼」

「は、はいっ‼」


 ヴァンスが鼻くそをほじりながらぼーっとしているその視線の先で、ミルミルがスースの扱きを受けていた。

 嬉々とした表情で相手を苛め倒しているその様子に、かつてのか弱くちょっと誉められただけで照れ臭そうに身をよじる面影はない。

 どうしてあんな風になっちまったんだろうなぁ、とヴァンスは空を仰ぐ。

 もうちょっと可愛げありゃあなぁ、基本的にベッドの中で以外はあんなんだし。

 ヴァンスが鼻くそをピンと指で弾くと同時、雷の直撃を受けたミルミルが遠くへ吹っ飛んでいく。


「だがまぁ、そんなもんなのかもな」


 なんだかんだ、今のスースも好きだ。多分贅肉が浮いたり、ボディラインが崩れたりしても、自分は彼女のことが好きなままだろう。

 愛着というかなんというか、上手くは言えないが、ずっと一緒にいても良いかなと思えるのだ。一緒に居たい、絶対に離さないなどといった気持ちは既にない。

 まぁ、なんだ。とりあえず一緒にいるか、みたいな消極的な好意を、彼は常に抱いている。

 色恋に熱がこもるのは最初の一瞬だけ、そしてだからこそ、その一瞬が強く輝くのだ。

 自分が彼女をかっさらい、後のことも将来のことも全部かなぐり捨ててでも彼女を選んだことを後悔したことは、一度もない。

 

「やっぱ男が強くなる理由はよ、いっつも単純だよな」

 

 好きな人のために強くなる、これ以上に単純で強力な理由なんてないと彼は考えている。

 やはりいつの時代も、本当に大切なのは心というやつなのだ。


「……ちょいしんみりし過ぎたな。過去を思い返すなんて、未来を生きる俺様には相応しくないぜ」


 過去に囚われることをダサいと考えているヴァンスは、つい先ほど会った自分の弟子のことを思い出すことにした。

 素性不明の謎の亜人、バルパ。

 あいつが強くなりたい理由も、その根っこの部分にあるのはやっぱり男としての強さを求める性と、女を守りたいという気持ちだろう。

 最早守ることなら容易くなってしまった自分と違い、前途多難そうな彼のことを思いながら、また少し昔のことを思い出す。

 腕を組みながら目を瞑りウンウン唸っていると、後ろから声がかかった。


「師匠、折り入ってお願いが」

「うーん、ヤダ」

 

 目を閉じたままでも、声を聞けばそれが誰なのかはわかる。自分の不肖の弟子、アラドだ。

 人形のように飼い殺されていた家から盗み出し、なしくずし的に育てることになったガキが、よくもまぁこれほどデカくなったもんだと思う。

 目を開くと自分よりも一回り小さいくらいの美丈夫の姿が見える。


「もちろん、俺の方がイケメンだがな」

「師匠、あの……もう一度僕を、鍛え直してくれないでしょうか」


 ヴァンスの冗談のような本音を無視して続けるアラドの顔は、真剣そのものだった。

 彼も少しだけ顔を引き締めるが、鼻くそがピロピロ出ているために全く締まっていない。


「なんだ、お前安全第一っつってたじゃん。もう十分じゃね、犯罪者とかじゃねんだし」


 自分やバルパには強くならねばならない明確な理由があったが、彼は別段強い目的があるわけではない。ただ金が稼げて生きていけるのならもう十分なくらい、アラドは強くなったはずだ。


「いや、その……」

「男がモジモジすんな、気持ち悪ぃ」

 

 妙に体をくねさせ、視線をさまよわせていたアラドがキッと顔を引き締め、直立不動の姿勢を取った。


「弟弟子に抜かれたままじゃ、面白くないじゃないですか」

「…………ほぅ」


 彼の顔には、しっかりと人間らしい表情が浮かんでいた。強くなりたいという気持ちには、もう一つ理由があったなとヴァンスはポンと手を叩く。

 自分のためでも女のためでもない、三つ目の理由。誰かに負けたくないという強い気持ち。

 自分がジェラルドに負けた時に感じたそれと、同じものを今アラドは抱いている。

 能面みたいだったガキがよくもまぁ、こんだけ成長したもんだ。


「良いぜ、俺様特性印のスペシャルダイナミック特訓をつけてやろう」

「ありがとうございます」 


 そうだよな、男ならやっぱ、負けっぱなしは嫌だよな。わざわざジェラルドをボコしに行った過去の記憶を掘り起こしながら、グッと白い歯を剥き出しにして笑うヴァンス。


「善は急げだ。目指すは半月でドラゴンソロ討伐だな」

「……頑張ります」


 ひきつった笑みを浮かべる彼を内心で応援しながら、ヴァンスはアラドを抱え空を飛ぶ。

 良いねぇ、目指す目標がある人間は。

 そんな風に思い、少し寂しくなる。

 出来りゃあ、バルパには頑張って欲しいもんだ。今は無理だが将来的に可能性は0じゃないからな。

 ヴァンスは今日も自由気ままに、好きなように生きていく。

 今までの自分の苦労などおくびにも出さないで。

 変わらない彼の笑顔を遠くから見つめているスースも、つられて笑った。

 変わるものも変わらない物も世の中には多い。

 だがヴァンスとスースの間には、変わりながらも変わらない、そんな不思議な何かが確かにあった。

 二人は笑顔のまま稽古をつける。 

 苦労を知るからこそ、彼らの笑顔は一層輝いていた。

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