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昨日より今日、今日より明日

 久しぶりに見た彼の姿は、以前と大分変わっていた。

 前は着ている鎧は継ぎ接ぎだらけだったのに、今彼が着ているものは傷さえついていなければ新品と見間違わんばかりに輝いている。持っている剣も以前より少しばかり長くなっている。

 顔についている傷跡が以前よりも増え、所々が白く変色していた。

 見た目の変化も、そして装備の変化も著しい。

 彼が変わってしまった、そしてその変化を側で見ることが出来なかった。そんなことにすら嫉妬してしまう自分の醜さを心の内に押し込む。


「ど、どうして……」

「あ、んなもん決まってんだろうが」


 幾つもの意味のあった問いかけを、ヴァンスは全て一言でぶったぎった。


「欲しいもんはいただいてく、それだけだ」


 こしこしと目を擦って涙を拭いたスース。今この瞬間彼女は、再びスースへと戻った。


「私は、物じゃありませんっ‼」

「そう、お前は誰のものでもねえんだ。どっかの国のなんたら王でも、どっかの偉い騎士様だろうと、自由になんて出来ねぇ。お前はお前だ、物じゃない」

  

 ヴァンスが足元で伸びている王子を蹴っ飛ばしてから、スースの腕に着いている腕輪を強引に砕いた。

 魔力を霧散させ魔法を使えなくさせる腕輪が壊れるのと同時、そのあまりに衝撃的な登場の仕方に面食らっていた者達が、正気を取り戻す。彼らは自国の貴賓が害されたと憤慨しながらヴァンス目掛けて襲いかかってきた。


「まぁ見とけ」


 そう語りかけるヴァンスの顔に不安はなく、語りかけられるスースの顔には信頼があった。

 彼が振り返ることすらせずに剣を振るう。近づこうとしていた人間達が、剣圧だけで遠くへ吹き飛んでいく。

 スースは何も心配などしていなかった。それは単に彼の持つ魔力の量が桁違いに増えていたからだ。自分と別れる前とは比べ物にならない、別の生き物だと言われた方が信じられるだけの爆発的な魔力の増加。

 一体どんな手を使いこれほど短期間で強くなったのか、彼女にはわかった。服に隠れていた袖から見える古傷、顔中の傷跡、明らかにグレードの上がった装備。そこから答えを類推するのは簡単だ。

 彼はきっと、戦い続けた。傷を追っても死にかけても、戦って戦って、そして自分の前に現れた。恐らくは、彼女のために。

 

「ガアッ‼」

 

 獣のように吼えながらヴァンスが剣を震えば、騎士の腕が切断され飛んでいく。遠くから魔法が放たれれば、小さく息を吸い剣で魔法を真っ二つに切り捨てる。

 後ろにも目がついているかのように後方からの攻撃にも対処し、回し蹴りを食らった兵士が結婚式の参列者達の間を跳び跳ねていく。

 既に式はメチャクチャで、阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。

 きっと怪我をした人の中には自分の知り合いもたくさんいて、斬られた騎士にはなんの罪もない。

 だが自分の好いている男が、自分のためにあらゆる咎を背負い奮起してくれる光景は、スースをどうしようもなくときめかせてしまう。

 ヴァンスがやって来る兵士達を根こそぎ倒し、追加で動員されたらしい治安維持の衛兵達もばっさばっさと斬り倒していく。

 返り血を浴び、変わった方法で息を吐いているヴァンスが、くるりとスースの方を向く。


「強くなったんだ、俺のために」

「私のためにじゃ……ないんですか?」

「お前は俺のだ、だから俺のためで合ってる」


 相変わらずひねくれていて、それ故に単純な男だ。彼は時間が経ち見た目や強さが変わっても、やはり何も変わっていない。

 

「来い、スース」


 自分に向けて手を差し出してくるヴァンス。その大きく傷だらけの手を見て、彼女は一瞬だけ悩んだ。

 ここで逃げれば、間違いなく色々な人間に迷惑がかかる。きっと今傷ついてしまった人の何倍もの人数を、悲しませることになる。

 だが悩んだのは、本当に一瞬のことだった。


「……はいっ‼」

 

 彼女がそっと手を差し出すと、大きなヴァンスの手はスースの華奢な手を指先まで包み込んでしまった。


「放さんぞ、もう二度と」

「返品は利きませんからね?」

「そりゃ困る、飽きたら捨てるし」

「……さ、サイテーですっ‼ 言って良い冗談と悪い冗談が……」

「まぁ待て、まあ大物が残ってる」


 ヴァンスはガミガミとしゃべるスースの口に蓋をして、後ろを振り返る。


「あの時の雪辱、ここで晴らさせてもらう」

「御随意に……と、本来なら言いたい所なのですがな」


 一人だけ事態を静観していたジェラルドは、構えを解きスッと右にずれた。二人が花道を通るのに十分なスペースを空けてくれたその行為の意味するところは明白だ。


「……む、戦わんで良いのか」

「残念ながら、立場上万が一にも負けられぬので、無用な勝負は避けるに限ります」


 彼はヴァンスがギリギリ視認できるだけの速度で動き、地面に伏して意識を失っているリカードを担ぎ上げた。


「強く、なりましたな」


 ヴァンスからついと視線を逸らし、スースの方を向くジェラルド。


「幸せになってくださいませ、それが老い先短い老いぼれの、たった一つのお願いです」


 それだけ言うと、彼は何も言わずにその場を去っていってしまった。

 あとには二人と、まだ震えたままで行動を何一つとれていない見物客だけが残る。

 残念だと溢すヴァンスは、遠くからやって来る数百単位の反応を感じとったスースに連れられ、教会を出た。

 そしてここから、二人の逃避行が始まった。


 全く関係の無い話ではあるが、二人が結婚式をぶち壊したあと、リカード王子は身分違いの豪商の娘と結婚することになった。

 心からの笑みを浮かべる王子の半歩後ろでは、にこやかに笑みを浮かべる一人の老騎士の姿があったとか、なかったとか。

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