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誓い

 もはや監視は不要と考えられているようで、スーフィリアにつく監視の目は以前と比べれば随分と減った。どうやら正式な婚約が決まり下手なことはしなくなったと思われているらしい。だから彼女は平気な顔をして賓客用の部屋を抜け出すことが出来た。

 警備も緩く、出ていって結構と言われているような気すらした。さすがにそれは穿ちすぎな気もして、ブンブンと首を左右に振りながら貴族のなんたら様の邸宅を後にする。

 今までの国と比べると、リスタンは貧しく、そして活気に満ちていた。雑多としていて、顔をしかめるような匂いが辺りに満ちていて、彼女の瞳は輝いていく。

 どうせ籠の中の鳥になるのならせめて最後くらい、空を飛んでみたい。

 翼をもがれたはずの少女は期待と不安に満ちながら、街を歩く。

 追い剥ぎを魔力感知を使って撒きながら走っていると、酒場が見える。どうせなら、お酒も飲んじゃおうかな。お酒を飲んでいるとなんだかアナーキーっぽい、そんな子供じみた理由から酒場に入ってみることにした。食堂に入ったことすらない彼女にとって、この行動は今までのどんな野外実習にも優る大冒険だった。

 ドキドキしながら店に入り、挙動不審になりながらも椅子に座る。

 自分の注文を聞きにくるシェフも、何も言わずに黙々と食事を出す給次もいない。

 それは今までにない不思議な経験だった。あたりを見回しどうしようか途方に暮れている彼女に、一人の男が近付いてくる。

 かなりの魔力量があるその男の接近に警戒しながら、彼女は身構えた。

 もしや追っ手か、そう考えたのは無理もないことだ。

 男は向かいの席に許可もなく座ると、キラリと歯を輝かしながら言った。


「ちょっと今から、いい感じの連れ込み宿行かね?」


それが彼女と無頼の冒険者、ヴァンスとの出会いだった。


 最初はなんて下品な人と思った。そして話を続けてみると、なんと下品な人だと思った。

 つまりシンプルに下品、品がない。それと不潔にしているからか体臭がキツい。

 自分のことを案じて忠告をしてくれたことから考えると悪い人ではないのだろうとは思えたが、言動は粗野で適当で、おまけになまじっか実力があるものだから質が悪い。

 自分が今まで関わったことのないタイプの人間だった。

 だけど少なくとも彼女が初めて話す自分の正体を知らぬ人間だ。最初であるが故に、彼女は直ぐに拒否して彼を追いやることはしなかった。

 それが幸なのか不幸なのかは、その時のスーフィリアにはわかっていなかった。


 自分が知らない世界を知っている人間というのは貴重な存在だ。話を聞けば見識が拡がるし、自分の話に質問をされれば新たな見方が得られる。

 そういう意味で、彼との話は新鮮で面白味に溢れていた。 

 グレてやろう、少しくらい羽目を外してやろうという子供じみた反骨心は、自分以上に子供な男を見れば消えてしまった。

 気が付けばスーフィリアは、彼の元へ足を運ぶようになっていた。バレぬよう細心の注意を払いながら、週に一度なんとか時間を捻出しては四方山話を楽しんだ。

 暴漢から助けてもらったとか、九死に一生を得るような助力を得ただとか、そういうロマンチックな場面はない。強力な魔法が使える彼女には、並みも暴漢などそこらの羽虫と何も変わらないからだ。だが彼女は自分がヴァンスという男にひかれていくのを、止められなかった。

 だけどスーフィリアは彼と会っているその瞬間だけは、スースでいられた。

 面子も実家も関係なく、ただ一人の女の子として扱われる。

 その事が一体どれだけ自分を救ってくれたのか、ヴァンスはそれを知らないだろう。 

 ちょっと……いやかなりエッチで、気が利かなくて、でも誰よりも純心な人。

 彼以外にも冒険者と話をすることはあった。だけどやっぱり彼の方が良かった。否、彼が良かった。

 それは最初に出会ったことによる刷り込みなのかもしれない、だけどそういうことがきっと大切なのだとスースは思う。

 それから幾度も食事を共にした。お酒は美味しくなかったけれど、彼と一緒に飲めるなら味なんて関係なかった。

 手を繋ぐことすらほとんどしないプラトニックな関係、それは彼女の教育にとっては好ましく、心情的には不満の残るものだった。

 もう少しくらい、近付いてくれても良いのに。自分から前に進めないことを棚上げして、プリプリと怒るスース。

 彼女がそんな奥手な自分を悔いることになるのは、ジャンラ国の第三王子リカードとの婚姻の日取りが、正式に決まってからのことだった。


 もう会えなくなるかもしれない、そう考えてスースは最初で最後のデートをすることにした。 

 相変わらず進展は遅くて、強引に唇を奪おうとして、でもその先が無いことに気付いて止めた。そして自分はリンブルの女の性を持っていることを知り、愕然とした。

 男に頼って庇護を得ようとするのは至極当然のことなのだが、今まで経験が皆無である彼女にはそれはリンブルの生まれという呪いとしか思えなかった。

 本当のことを言えば縋ってしまいたくなっちゃうから、自分がそれほど強くないって知っているから、彼女は何も言わずに彼のもとを去った。



 だけど結局、彼は自分を追ってきてしまった。


「スースッ‼」

 

 自国へ戻ろうとする自分を呼んでくれる声を聞いて、不覚にも少し泣きそうになる。

 目を瞑り、ゆっくり深呼吸をしてなんとか気を落ち着けて、彼を殺さないように手を打った。

 自分の正体を知っても追ってきてくれたことが嬉しくて、彼女はもう一度だけ会いたいと思い、そして実行に移した。

 会えば二人とも辛くなるってわかってるのに、それでも会って言葉を交わしたくなってしまう。

 そして会って、話して、また自分がヘマをしたことを知る。

 自分が簡単に包囲を抜けられたその理由を深く考えようともせず、彼に会いに行くことで頭がいっぱいだったから、結局彼を更に傷つけることになってしまった。

 もうダメだ。ヴァンスさんのことを思うのなら、彼に甘えるだけじゃダメなんだ。

 スースは次の日、リスタンを後にして一度リンブルへ戻ることになった。

 結婚式の日取りを決め、色々と仕度をしなくてはいけない。

 彼女には憩いとなるような話し相手も、頼りたくなるような殿方もいなかったけれど、それでもスースは前を向いていた。

 それが乙女の健気さの為せる技だと見抜けたものは、たった一人しかいなかった。


「殿下、お時間です」

「ありがとう、ジェラルド」


 彼女は自分の御付きであるジェラルドへと声をかけた。彼はジャンラの矛と呼ばれるジャンラ国最強の男、そして次期国王とされているリカードの一の剣だ。

 スースは現実に意識を戻し、ただのスースからリンブルのスーフィリアへ変わる。

 視線を下ろすとそこには、白いウェディングドレスを着ている自分の力があった。

 彼女は毅然とした態度で、式場へ向かう。

 その後ろをついていくジェラルドの表情は、顔全体を覆う兜で見えなかった。


 ザガ王国で正式採用されている星光教の結婚式は、非常に簡素だ。

 教会へ入り花道を歩き、神父の目の前で愛を交わしながら誓いのキスをする。

 正直なところ、ぼうっとしていたために式の進行の記憶はほとんどなかった。

 ただ機械的に歩き、手を振り、愛を誓い合う。

 ありもしないものを誓うのは酷く簡単で、愛とはこんなものなのかと冷めた気持ちになる。

 目の前にいるリカード王子も、どうやら然程乗り気でないらしいのが伝わってくる。

 新婚生活は、碌でもないものになりそうだ。

 そんな風に考えていると、胡散臭そうな僧侶が二人を向く。


「それでは、誓いの口付けを」

 

 彼女はリカードと対面し、またさっきまでと同じように流そうとする。

 だが彼の顔が近付いてくると、自分の瞳がじんわりと滲んでくるのがわかる。


(こんなことになるのなら……初めては、ヴァンスさんにあげれば良かった)


 彼女はこの半年間で弱まらず、それどころか強くなっていった自分の気持ちに蓋をすることを止めた。

 言葉では幾らでも言える。だけどそれを形にしてしまえばもう、後戻りは出来なくなってしまう。

 自分は好きだった。ヴァンスのことが、他の誰よりも好きだった。

 もうこれから先、思い出すことはしないから。

 だから今だけは責めて、あなたのことを考えるのを許して欲しい。

 二人の顔が近付いていく。現実を見つめたくなくて、彼女は目を閉じた。

 

「……ヴァンス、さん……」

 

 唇が動かぬよう、喉の奥でそう呟かれるのと同時、何かが割れる音がした。

 天井のステンドグラスが割れ、内側に落ちてくる。その落下と同時に、何かがドスンと大きな音をして落下してきた。

 

「あー…………間に合った感じ、これ?」

「……っ⁉」


 声にならない声をあげるスーフィリア。

 まさか、そんな筈がない。幻聴だ、そうに決まってる。

 期待して裏切られるのが怖くて、彼女はゆっくりと瞼を上げる。

 そこにいたのは。

 そこに……いたのは。


「よっ、拐いに来たぜ。お姫様?」

「……ヴァンず……ざんっ‼」

 

 そこには剣を片手に持ち、自分に笑みを浮かべてくれているヴァンスの姿があった。

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