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望みなさい、誰よりも 

 夏が過ぎ、秋が終わり、冬が始まる。

 暖炉のおかげで寒さを凌ぐことは容易になっても、外へ出て下手にリスクを負うのは得策ではない。そのためこの季節、守護国家リンブルの住民で外に出る者は非常に限られる。

 稼ぎが足りずに出稼ぎをするものや一部の物好きを除けば、ごく一部の例外を除き基本的に人は皆家の中で暖を取る。そしてそれは貴族や王族であっても、例外ではない。

 ザガ王国からの返礼品であるガラスの窓から、一人の少女が眼下で広がる光景を見てほぅと息をこぼした。

 

「……」


 華奢な彼女が見つめているのは、自国の国民がこの寒い季節に汗を掻きながら走り回っている姿だ。彼らの顔は一様に明るく、それとは対照的に彼女の顔色は暗い。

 

「とうとう……ね……」


 ガラスに手を当てながらどこか気落ちしたように領民を見つめている彼女の名は、スーフィニア=リーロック=リンブル。リンブルの第四王女であり、王位継承権第七位の王族であり、そして今日行われる晴れ舞台の主役でもある。十五才になり結婚適齢期となった彼女は巷では天才魔法使いや守護の盾などと呼ばれている彼女には、実はもう一つだけ別のアダ名があった。それは自分で名付けたものでも、まして誰かが言い始め自然と定着したものでもない。アダ名というよりはニックネームや偽名に近いかもしれない。とある偏屈な男が、人の話を聞かずに勝手に決定してしまったその名は、彼女の一番のお気に入りだった。

 とある男にスースと呼ばれた王女は、雪景色を臨みながら顔を上げる。地面につけばすぐに消えてしまうベタ雪を見上げながら、彼女は思い出す。

 ここ半年の激動の季節を。そしてそれより少し前の、あの甘くてゆったりとした、奇跡のような時間を。



 リンブルという国はかつて元従士家であった初代国王が、戦の間隙を縫う形で興した振興国家であるため、武力の面でも経済の面でも非常に劣勢に立たされることが多かった。

 金の力も武力も無く、寒気が厳しすぎるという気候上の問題から、育つ作物も少ない。産業もまともに育たず、貴族家でさえ困窮するほどの彼らに取れる外交上の手は、婚姻政策しかありはしなかった。

 まずは新興にして大きく勢力を伸ばしているザガ王国に第一王女を人質として送り出し、そこから出来た伝手を使いザガ王国傘下の各国の重鎮達の喉元に食らいついていく。

 まともな産業も、まともな娯楽や設備も無い代わり、リンブルは男女間の諸問題に関してはかなり先んじていた。リンブルの女は娼婦より男をあしらうのが上手く、そして男にそれと悟られずに操る術に長けている。

 母に男のあしらい方から家督の継がせ方まで習うこの国のやり方は、数十年に渡る歴史により洗練されていく。

 他所からはリンブルから嫁を取れば将来安泰だなどという話が出るほどに聡明さ、性事情への明るさ、そして男を手玉に取るための手練手管がこの国にはあった。

 スーフィリアはそんな国に生まれ、しかし爛れた生活を送ることもなく大きくなった。

 その理由はどこにでもあるありふれたものだ。ただ彼女の母親が娼婦で、彼女が婬売と詰られるのを耳にいた国王が、ほとぼりが覚めるまで母子共々に他国へと移り済ませたというただそれだけのこと。

 彼女はミーリ教国という宗教国家で育ち、貞淑さや清廉さを貴しとする気風の中で育ってきた。自らの過ちを娘には負わせまいとする母親もまた、彼女に男の汚い部分を教えることはほとんどなく、教えるのはどこか観念的なことが多かった。

 元来真面目で周囲に影響を受けやすい性質の彼女は、周りの人間達の上っ面だけの勤勉さを見ながら、必死になって魔法学を修めた。

 そして勉強をしていくうち彼女は自らが魔力感知の魔法を使える存在であることに気付き、そして母にさえそのことは語らなかった。

 珍しく有能な力を持つものは、権力者の玩具にしかならないことを、彼女は幼いながらに知っていたのだ。

 だが魔物との実習の際遭難しかけた彼女のグループのため、スーフィリアは自らの力をフルに使った。 

 魔物を一撃の元に葬り去り、現存する人間で使えるものは十にも満たないと言われる魔力感知を使える才女。彼女の名声はうなぎ登りに上がっていき、すぐにその生家へと届く。

 彼女は当然のごとく実家へ戻され、新たな玩具の一つへと自らの運命を変じさせてしまう。

 大事にされるかと思いきや、周囲の王族達の目は厳しかった。婬売と陰口を叩かれながら、各国をたらい回しにされる日々。

 自国では生まれを詰られ、他国では生まれた国を詰られる。

 彼女にとって世界はおしなべて自分に厳しいものでしかなかった。

 自殺したいと何度も考えた。しかし自分が死ねば母がどうなるかは想像に難くない。そう考え必死に耐え、おべっかを使い、必死になって自分を迎え入れてくれる殿方を探した。

 年に一度の帰省の際、彼女は自分の母親が流行り病のせいで死んだことを知った。その年に自国領で病など流行らなかった、それが意味することは明確だ。

 彼女は再び国を巡ることになった、無気力でやる気は起きなかった。流されるまま、ぼうっとして日々を過ごすうちに自分の相手がジャンラ国の王子に決まる。

 武門が多く、国自体が尚武を尊しとするその気風からか、彼女は魔力感知ではなくその純粋な戦闘能力を見込まれて嫁入りすることになる。 

 もう、自分の身さえどうでも良い。そんな風に自暴自棄になりかけながらも、彼女は今は亡き母が教えてくれた言葉を折に触れて思い出す。


『女は普通、その男を受け入れたいかどうかじゃなくて、受け入れても良いかどうかを考える生き物よ。でもスー、あなたはそれじゃダメ。許すんじゃなくて、望みなさい。受け身なだけの人生じゃ、絶対後悔することになるもの』


 結婚相手が決まっても、顔繋ぎというものは重要だ。だから彼女の各地との交換留学は、婚姻が決まったあとも続いた。

 そして彼女は、嫁入り前の最後の留学になるであろうリスタンで、とある青年と出会った。

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