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「……あーくそ、またこんなんかよ」


 ヴァンスは意識を取り戻し、自分が壊れた家屋のすぐ隣で眠っていたことを知る。

 あたりには人気がない。慌てて自分の持ち物を探してみたが、窃盗をされているような様子もない。 

 全身の節々が痛む。倒される前の痛みが更に倍になったかのような激痛が常時彼を襲う。

 痛みにむち打ちながら立ち上がろうとするも、流石に体が限界なのか足がガクついて動かない。仕方なしに腕の力を使い、なんとか体勢を仰向けに変えた。

 空を見ても夜が明けた様子はない、どうやら二度目の負けからそれほど時間は経過していないようだった。


「また、負けた……」


 相手に殺されないよう配慮まで受けながらの一方的な蹂躙、完膚なきまでの敗北である。

 負けたことがないわけではない、今までだって何度も尻をまくって逃げ出したことはあった。つい最近も騎士団相手に大立ち回りを演じて負けたしな、と自らの蛮行を思い出す。


「……何やってんだよ、俺」


 スースと再会した真っ昼間のアレは、まだわかる。久しぶりにその姿を見れて舞い上がっていた自分がいることを、彼はしっかりと理解していたから。

 だが少なくとも、今の戦いはする必要などなかったんじゃねぇか。

 こんなことしてわざわざ命を危険に晒さずとも、彼女を置いてさっさとトンズラこけば良かったんじゃねぇのか。

 そんな風に自問して、小さく笑う。口の中の異物を思いきり吐き出すと、虫歯一つない彼の健康な奥歯が血まみれになって出てきた。

 

「んなわけ、ねぇよな」


 それからすぐに自答する。少なくともあの戦いに意味はあった。負けてしまったせいで目的は達成できず、ダサい格好を見せてしまうことになったが、それでも自分の気持ちに気付けたというだけで、意味はあったのだ。


「俺は……」


 スースのことが好きだ、そんな言葉の後半は消え入るようにか細い声で発される。

 今さら気付けた、今だからこそ気付けた。自分は彼女の事が、好きなのだと。

 妙に純朴な所も、意外と気さくな所も、その全てを気に入っている。そしてそれは多分、スースの方も同じだろう。実際に言葉は交わしていなくとも、二人の気持ちは確かに通じ合っていた。

 彼が何度も会い、話し、デートをしてまでわからなかった自分の本当の気持ち。その気持ちはとっても単純で、その願いを成就させるためのハードルは眩暈がするほど複雑だ。

 騎士団を相手取るだとか、姫様だから結婚相手が親の都合で決まるだとか、ジェラルドに勝たなくちゃいけないだとか、不安要素も考えねばならないことは幾つもあった。


「……はっ、くだらねぇ」


 彼は脳内に表れては重石のように残るそれらの懸念を、全てうっちゃった。

 ヴァンスという人間は、面倒なことが大嫌いだ。

 今彼と彼女を取り巻く事情は複雑で、多岐に渡っていて、そしてだからこそ何よりも単純だ。


「簡単じゃねぇか。……おおそうだ、これ以上簡単なことなんてねぇ」


 一見すれば難しい問題を解く力など彼にはないし、そんなオツムなど持っていない。

 彼に出来ることは力業だけ、問題自体をねじ曲げるような強引な解法だけが彼に出せる答えだ。

 力こそが幅を利かせるこの世界でその答えは酷く原始的で、そしてそれ故に絶対的だ。


「強くなりゃあいい」


 ただただ圧倒的に強くなって、強くなって、もっと強くなって、自分を襲う全ての敵を、自分を邪魔しようとする全ての者を排除出来るだけの力を手に入れれば良いのだ。

 壁が立ち塞がっているのなら、剛力でぶち壊せば良い。

 無理難題が二人の間を隔てているのなら、腕力で無理矢理答えを出してしまえば良い。

 一度そう気付いてしまえば、今まで自分を覆っていた靄が一気に消えていくのがわかる。

 気が付けばなんとか膝立ちが出来るほどには足も回復していた。ヴァンスは壁に手を添えながらも、なんとか立ち上がることに成功する。

 一度目を瞑ると、スースの喜んでいるような、悲しんでいるような声が思い起こされた。

 その次にシュイの、別れ際の悲しそうな顔が、そして彼の墓標が瞼の裏に浮かぶ。

 もうこれ以上、奪われるのは真っ平だ。

 貴族だの王様だのそんな訳のわからん人間のせいで自分の関係者が不幸せになるなど、絶対に間違っている。

 だから今度は、今度こそ奪う側に回るのだ。世界の摂理だの、誰かさんの策略だの、そんなもん全部ぶっとばせるだけの力を手に入れちまえば、誰に文句を言われることもねぇ。

 

「……んだよ、悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなってくるぜ」


 ヴァンスはふらつきながら路地裏を抜ける。

 ふぬけたままでいるのは、もう止めだ。誰かの善意や世界の優しさなんて、もう二度と信じない。

 最後に信じられるのは、自分の強さだけだ。

 ヴァンスは自分が長い間探し求めていた答えを、ようやく見つけたような気がした。

 全身から血を滴らしている一人の男は、その容態の深刻さからは考えられぬほどに、明るい顔をしていた。

 待ってろ、スース。小さく呟いたその一言は、糞と腐臭に混じって消えた。

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