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弱くて脆い

 月光の弱々しい光は、薄暗い路地裏を人もゴミも構わず照らしてくれる。

 月夜の下、二人の人間が剣舞を踊る。

 彼らの顔に表情はない。感情を見せれば相手に動作を悟られる、感情を露にすれば剣速は僅かに鈍り、それは自らの死に直結する。二人の戦士は、それを知っている。

  右手に直剣、左手に反りの大きな短剣を構えるヴァンスのスタイルは、手数に飽かせた飽和攻撃だ。相手が袈裟懸けに振り下ろそうとすれば手首を狙い、止めて軌道を変えようとすれば動作の結節点を叩こうと蹴りを入れる。身体強化に飽かせて放たれるその一撃一撃は、全力には程遠くとも金属甲冑の内側に衝撃を与えられるだけの威力がある。

 ヴァンスは手首を細かく動かしながら、視線を彼の後方へと向ける。手を、足を、目を動かして相手に自らの狙いを悟られぬようにする。

 切り上げが甲冑を滑るような軌道で放たれる。ジェラルドは敢えて動かず、その一撃を避けずに受け止める。

 金属同士が擦れ合う硬質な音が響くが、彼の体幹はブレていない。

 ヴァンスは呼吸を置かずそのまま左手に持つ短剣を足首の継ぎ目目掛けて投擲するが、その攻撃は読まれていたのか、足を動かされ金属鎧に阻まれてしまう。

 前傾姿勢になり刃に体重を乗せられるようになったヴァンスの本命は次撃、風切り音を耳にして慌てて後方へ飛びずさるヴァンスの前髪の先端を、ジェラルドが振り下ろした長剣が掠めていく。

 足元に散らばるゴミを力任せに蹴り飛ばしながら後ろに下がりながら臍を噛むヴァンス。


「大木相手にチャンバラごっこしてたガキの頃を思い出すぜ」


 目の前の騎士、ジェラルドの戦い方は以前、自分がまだ後方からの援護を受けられていた時のそれに似ていた。ただただ圧倒的質量の剣を相手に叩きつけるその戦法は、自らの損耗を厭わずに相手に致命の攻撃を加えることに特化した一撃必殺の剣。 

 パーティーを組むことを止め、一人で行動するようになったヴァンスが隙の多さと命中率の低さから諦めた戦法を、目の前の男は魔法の武具と経験則による攻撃予測によりまともな相手にも通用するレベルにまで昇華させている。

 ヴァンスが何発攻撃を入れようと意にも介さず、ただひたすらに一撃を振るう。しかも質の悪いことに、彼の狙う本命の攻撃には攻撃の軌道を重ねられるために邪魔を受ける。

 自分の攻撃は幾ら当たっても効果はなく、相手の攻撃は一度でも食らえば命を刈り取られる。命は取らないという言質はあっても、確かに身の危険を感じるだけの威力が、その剣線からは見てとれた。

 ジェラルドの攻撃は非常に受動的だ。基本的に後の先を取るような攻撃は、万が一にもこちらを殺さないように配慮している様子が見受けられる。

 遊ばれている、相手にもされていない。ヴァンスのそんな気持ちは剣を打ち合わせる度に強くなっていく。

 何度も連撃を叩き込んでは前進後退を繰り返す彼の息は既に荒い、本来ならば数分にも満たない戦闘で息が切れるほど柔な鍛え方はしていないはずなのだが、目の前の男の濃密な武威と死の足音がヴァンスのスタミナを執拗なまでに削っている。

 既にヴァンスに前方で戦いを見守るスースのことを考える余裕はない。戦えば戦うだけ、聳え立つ壁の高さが身に染みて理解できるようになっていったからだ。

 なんとかして相手を突き崩せはしないか、彼の頭の中はそれでいっぱいだった。


「殿下をたぶらかそうという男と聞きどれほどのものかと思えば……この程度ですか」


 先ほどまで守勢に徹していたジェラルドが前進し、一気に攻勢に転じる。その速度は、ヴァンスが想定していたものよりも遥かに早い。強化された身体能力と咄嗟の判断でなんとか腕を上げる彼の背中に、鈍い一撃が届く。

 

「があっ‼」

 

 視界から見切れるほどの速度の一撃は、憎たらしいことに柄による一撃だった。

 こいつは自分の背後を取り、かつ手加減をするだけの余裕がある。現実と共に、彼の体が家屋の側壁に叩きつけられる。木製の壁をぶち抜きながら、ヴァンスは自分の唇を強く噛んだ。

 圧倒的な実力差を見せつけられても、威勢良く啖呵を切ることすら出来ない。その現状に歯噛みすることしか出来ない自分を憎みながら、無様にも倒壊しかけた家屋の中に転がり込む。勢いが完全に殺されると同時、痛みが前進に襲ってくる。異物感と圧迫感から咳をすると、口から血液が撒き散らされる。小汚ない床を赤く染めていくその光景は、彼のダメージが臓器にまで渡っていることを如実に示していた。


「老婆心ながら、一つだけ忠告をしておきましょう」


 前進がガクガク震えている。転がったせいか、目が回ってまともな平衡感覚が保てない。


「その程度では、守れぬよ」


 ヴァンスは定まらぬ視界の中、男が自分から距離を取るのを感じていた。

 未だ下を向き、だらしなく舌を垂らしながら痛みに耐えている彼に、カツカツと甲高い足音が聞こえてくる。

 それが誰のものなのかは、今さら考えるべくもない。


「お、俺……はっ‼」

「もういいの、ヴァンスさん。もういいですから」


 その先の言葉を言わせては駄目だと頭ではわかっていた、しかし体は彼の思い通りには動いてくれない。

 彼が言葉を発せるだけの回復を待つこともなく、目の前に立っている女、スースが小さく呟いた。


「…………さようなら、ヴァンスさん」


 ヴァンスは自分が何をされたのかも気付かぬまま、再び意識を失った。

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