ネームドドラゴン
「ここのボスが一番難易度が高いのだったか?」
「そうです、実質ここが抜けられなくて他の人達は二の足を踏んでいる状態です。なので第二十一階層以降は未だ正確な地図がありません」
名も無きゴブリン、ではなくバルパは順調に迷宮探索を進め、今やこの街の一線級の探索者達でも攻略できていない第二十階層へと繋がる階段へとやって来ていた。
第二十階層は他とは異なりかなり特殊な構造をしている。すべての区画をぶち抜くかのように大きな部屋があり、その真ん中に守護者が鎮座しているだけの非常に簡単な階層だ。ボスさえ倒せれば、という但し書きはつくが。
「この階層のボスはドラゴンなのだよな?」
「はい、至ってオーソドックスなレッドドラゴン……のユニークであるカーディナルレッドドラゴンです」
「強いんだろうな」
「それはもう、少なくともここ百年はまともに攻略者が出ていないらしいですよ」
「勝とうとした奴等はいなかったのか?」
「もちろんいました。そしてそのほとんどが帰らぬ人となり、残ったごく僅かな人達が冒険者稼業を引退に追い込まれました」
ドラゴン、というものとゴブリンは戦ったことがなかった。十七階層に出てきたロックリザードがもっと大きくなったものだと言われてなんとなくの想像はついたが、それでも実際に見てみないとその脅威の正確な所を理解することはできないだろう。そして理解した時にはもう遅い、一度戦闘が始まれば戦いが終わるまで逃げられないその場所でドラゴンに屠られてその一生を終えることになってしまう。
それならば最大限に用意を整えて行くべきである、バルパはまだ見ぬ二十階層へと続く階段の先を見つめていた。
「あの、本当に戦わなくちゃダメなんですか? 絶対に止めた方が良いというか、むしろ止めないと確実に死んでしまうというか……」
「死なないために考えるのだろう、ご飯なら幾らでもやるからお前も何か案を出してみろ」
「うーん、私としてはこの美味しいご飯が二度と食べられなくなるのはごめん被りたいのですが……」
「勝つ可能性だってあるだろう、というか勝つ」
「絶対に勝てないと思います。バルパは確かに強いけど、名持ちのドラゴンっていうのは強さとかとは別の次元に住んでる生き物なんですから」
今まで軽くしか聞いてこなかったドラゴンの話をバルパは三個のケーキと引き換えに聞き出した。
まずドラゴンにはいくつかの種類がある、関係のないレッサーや亜竜を除くとドラゴン、エレメントドラゴン、ネームドドラゴン、真竜という順番になっているらしい。そしてこの迷宮の第二十階層にいるのはネームド、つまり上から二つ目のドラゴンであるらしい。
ドラゴンは強い強いとルルは言っているが何が強いのか、バルパは素直にそれを聞いた。
まずドラゴンというものは特殊な魔法を使う、どうやっても魔法よりも強いその魔法は竜言語魔法と呼ばれておりその一撃一撃が致命的な威力を持つらしい。ドラゴンも魔物ではるのならそれは魔法ではなくて魔撃なのではないかとも思ったが、それを口に出すことはしなかった。とにかく人間では敵わないような強力な魔力の放出攻撃を放ってくる。
そして次にブレスと呼ばれる広範囲の殲滅用攻撃手段を持っているということ。この力があるためにドラゴンが発生した時に領主の命で駆り出される討伐隊の面々は、数で削りきろうとして致命的な逆撃を受けてしまい、大抵の場合ほうぼうの呈で帰ることを余儀なくされるそうだ。
では物理攻撃の手段がないのかと言われればそうではない。ドラゴンというのは全身が圧縮された魔力で出来ている魔物であり、その巨体のわりに体重は軽いらしい。そして魔力で出来ているために全身の魔力の循環能力は人間では到底太刀打ちできないほどに高く、かなりの移動速度を持っているそうだ。
攻撃に特化した能力を持っているのなら防御はどうなのだと聞けばもちろん防御も鉄壁と言っても過言ではないという。
まず戦闘が開始されると、高位のドラゴンは竜言語魔法で対物と対魔の障壁を張る。これで威力のほとんどが削がれるためにまずは必死になって障壁を剥がさないとまともに攻撃を食らわせることも困難である。
そしてそもそも全身が魔法で出来ていると言っても過言ではないドラゴンは元からかなり高い魔法への抵抗力を持っており、大量の魔力を込めない限り魔法が体に触れると同時に掻き消されてしまうのだという。そして魔力で強化した一撃でない限りはダメージは通らず、純粋な物理攻撃はそもそもきかないらしい。
こいつを倒そうとするならこいつより堅く、こいつより高い魔力を持ち、こいつより高い火力と速い移動速度でもって相手を圧倒しなければ勝てないというのが基本の考え方らしい。襲われなければ襲わない元来闘争精神の薄いドラゴンに自分から触れるなどバカのすることだ、逆鱗に触れるくらいなら放置するのが正しい。これがこの国の常識であるとルルは自信満々に言っている。
「ですからいくら魔法が得意なバルパであってもドラゴンを倒すことは不可能なんです。向こうは何百年も生きて成長し続けているネームドなんです、恥じることなんてありません」
彼はルルの話を聞いて、自分が本当にドラゴンを倒す必要はあるのだろうかと自問する。無論ある。彼が迷宮深くへ潜るのは強さを手に入れ、人間達から追われないようにするためだからだ。今はそれに加え自らのように弱かった者達にも等しく機会を与えてやれるような何かがあればとも考えているが、そちらの具体案はまだ出てはいない。
とにかく彼は強くなりたいのだ、そのために人間を真似魔法を覚え、装備を整え、戦い方を覚えてきたのだ。強くなるためには自分よりも強い者を倒すことが必要不可欠だ、ゴブリンはそれをどんな魔物よりも知っていた。彼自身が自らよりも圧倒的に強者である勇者を殺して今の自分となったが故に。
強いものを弱いものを倒すには工夫が必要だ。そしてしっかりと準備を行い、それを遂行することが出来ればどんな強者だろうと勝てないということはない。
恐らくはネームドのドラゴンなど歯牙にもかけなかったであろう勇者という存在ですら、自分と恐らくは他の人間達という、実力的には遥かに劣るようなか弱き者達の手で殺されたのだから。
(……そうだ、あの強者は何故殺されかけていたのだろう?)
あの強者を倒したものがなんなのかがわかれば、それはドラゴンを倒す一助になるかもしれない。
ゴブリンは特になんの断りをいれることもなく、勇者の死体を袋から取り出した。