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再会

 叫び声をあげようとは思うほどに正気を失ってはいない。だけどジッと座して待てるほど、落ち着いてはいられなかった。

 気が付けばヴァンスは走り出していた。

 理由なんてない、そんなものいらない。

 ただ彼女の顔をもっと近くから見て、会って、話す。そんな漠然とした思いだけが彼の体を突き動かす。

 走る。ただひたすらに走る。」

 果物屋の樽を蹴り飛ばして走る。性臭のキツい連れ込み宿を中から抜け、裏道から街道へ進み、ドブに入ることも憶さずに前に進む。

 一ヶ月半もの間お預けを食らっていたからか、信じられないほどに気持ちが昂っていた。

 息が上がるのも気にせず、ぶつかった通行人に文句を言われても歯牙にもかけず、ヴァンスは自分が出せると思っていた最高速度を超えて彼女のいる場所を目指す。

 もっと、もっと速くだ。自らの限界を越えながら走り続けていると、気が付けば詰め所と目と鼻の先ほどの距離にまで近づいていた。

 ヴァンスの接近に気付いた兵士達が、一様に彼の方を向く。

 曲者が近付いたと考えているのか、皆が腰に手を当てている。

 そんな中で一人、スースだけが口許に手を当てているのが、彼には良く見えていた。

 否、彼にはもう、彼女しか見えてはいなかった。

 

「スースッ‼」


 更に速度を上げる、彼女の頬に出来た小じわまではっきり見えるほどに、二人の距離は近付いた。

 ようやく会えた嬉しさで、心の中はいっぱいだった。


「殺すなっ‼」

 

 浮わついていた気持ちは、彼女の言葉により一気に現実へ引き戻された。

 スースだけを見ていた彼の胸に、剣の柄がぶちこまれる。息を吐くことも出来ぬ衝撃から回復する間もないうち、ヴァンスは男達にのしかかられ、一瞬のうちに取り押さえられた。

 彼は身体中にやって来る圧迫感を感じ、ようやく自分が今何をしでかしたのかを理解する。

 彼は今、リスタンの騎士達にのしかかられながら、紅い騎士達により包囲されている。

彼ら一人一人が自分より少し劣るか同程度の戦闘能力と考えれば、二十近い人数との連戦を戦い抜ける可能性は万に一つもない。

 彼らの立場から考えてみればどうだろうか。

 自分はいきなり叫びながら襲いかかってきた悪漢でしかない。中には身分が高いものもいる騎士団の目の前での狼藉は、この瞬間に打ち首を食らってもおかしくはない重罪だ。

 逃走経路を確認しようなどと考えていたとは思えないほどの自分の短絡的行動を嘆く時間は、残念ながら与えられそうになかった。

 一際大きな赤甲冑を着た男が、ヴァンスの肩に膝を乗せ思いきり体重をかける。


「ぐぅっ‼」


 関節が外れる音と、呻き声が同時にこぼれ出た。痛みには慣れている彼であっても、両手を押さえられている状態で声をあげるのを我慢することは難しかった。

 痛みで意識が飛びかける中、自分の両手両足が何かの道具で縛られるのを朧気に理解する。

 地面に顔をつけ視界いっぱいに土色が写りこんでいるヴァンスに、幾つもの足音が近づいてきた。

 ガシャガシャと金属同士が擦れる音と、それらとは違い布と布との軽い擦過音が彼の耳に届く。必死に顔をあげようとするが、顔面を騎士に押さえつけられているせいでまともに首を動かすことすら出来なかった。

 

「その者を殺してはダメ、ジェラルド」

「王女殿下に弓引く者に向けぬ剣などありませぬ。流血沙汰が嫌だというなら、殺す場所を変えましょう」

「二度は言わないわ、引きなさい」

「……なるほど、委細承知致しました。件の彼は些か、短慮が過ぎるようですな」

 

話している人間のうちの一人がスースであり、もう一人が自分の背中を押さえている騎士であることはわかった。

 騎士の圧が大きくなる。ヴァンスの耳元に、男の顔が近付くのがわかった。


「暫し眠れ、殺しはせぬ。殿下の恩情を有り難く思うと良い」


 ヴァンスは後頭部に衝撃を感じると、そのまま意識を失った。


「…………バカ」


 暗闇に意識を投げ出すその直前、スースの声が聞こえたような気がした。

 だがその正誤を確かめぬことが出来るだけの余裕は、彼にはなかった。

 

(……クソだせぇな、俺)


 自分が一体何をしようとしたのか、というかそもそもなんでこんなことをしたのか。意味もなく無謀な行動に出たのか、もっとまともなやり方を選ぶことは出来なかったのか。そんな考えが浮かんでは消えていく。

 だが彼の心をどうしようもなく揺さぶったのは、自分が馬鹿なことを仕出かしたことへの怒りでも、ましてや彼女との一瞬の再会を喜ぶ気持ちでもなかった。

 間違いなく今自分は、スースを笑顔に出来ていない。

 心中で燻っている心残りを解消出来ぬまま、ヴァンスは激しくなる痛みと重みにより、意識を失った。

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