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他所からの来訪者

 たとえやる気がなくとも腹は減る。朝よ来るなと願っても、朝陽は誰にも平等に降り注ぐ。 

 ヴァンスは魔物には強くとも、朝には弱い。そのため彼は毎日宿屋のおばちゃんに無理矢理叩き起こしてもらうようにしていた。

 看板娘が三十を超えている宿では、朝に起こるハプニングは基本的に全てげんなりするものしかない。

 ヴァンスはおばちゃんお手製の肉巻きパンを食みながら、一等区画の見渡せる場所に陣取っていた。

 魚屋の屋根の上で寝そべりながら食事をしている彼の頬には、これまた看板おばさんお手製の紅葉が大きく出来ている。

 ババアの暴力のおかげでお目当ての物が見れるために、彼としては複雑なところだった。

 なぜ年老いた女の中には、たまにアホみたいなパワーを持つ奴が現れるのだろう。世界の神秘を感じているうちに、何やら大通りが騒がしくなり始める。

 一等区画と二等区画の間には、明確な柵や城壁のようなものはない。リスタンがそれほど大きくないということと、周囲をある程度狩り場として使える衛兵達の練度が高いおかげで、特に問題はなく街は回っている。

 騎士団なんぞに出張られればヴァンスでさえも無事ではいられない。一人二人ならばなんとかなるかもしれないが、複数人に処理能力を越える手数で攻撃されれば彼とて無事では済まないだろう。

 そしてヴァンスとしても戦いたくないそんな騎士様達が、今日は衛兵よりも多く境目に配置されている。彼の目には衛兵達の顔も心なしか引き締まって見えた。

 今日の彼の目的は、飯の種になりそうなこの一件の事をなるたけ詳細に把握することだった。そのためにわざわざ遠回りまでして、他国から人間が来るのなら通らねばいけない場所が見える位置を確保したのだ。

 戦いの予兆があるなら高騰する前に食料を買い、激戦の予兆があるなら戦いが始まる前に逃げなくてはいけない。下らない用事だったのなら、自分の懸念が解消された祝いに訓練だけやって一日遊んでいるというのもアリだろう。

 周囲を見てみれば、彼と似たような考えからか知り合いの冒険者達の何人かも家屋の上に座り込んでいる。

 この場所取りというのも結構大事で、既に近づきすぎている数人は騎士達から鉄拳制裁を受けていた。向こうに文句をつけられない程度に距離を取り、野次馬の一人として求められる程度に思われておく必要がある。そのため視力を強化してギリギリ見えるか見えないかというほどの距離を保ち、かつ貴族様から何か癇癪でも起こされようものなら、全力で逃げ出せるような位置を確保するためには、逃走経路や自分の能力をしっかりと把握し、かつそれだけの身体強化を使える実力者でなくてはならない。

 周囲にいる人間は最低でもCランク。D以下の人間の姿は徐々に消え、今はもうほとんどいなくなっている。下手にリスクを負ってでも金策をしようという数人が目を皿のようにして見えもしない一等区画を見ているのを除けば、皆粒揃いの面々である。

 ヴァンスは周囲を見渡すのを止め、騎士様の様子を観察しているが、やはりまだ変化が見えている様子はない。

 首都リスタンの一等区画に入るには、一度二等区画を経由する必要がある。都市拡張の云々かんぬんだの防衛機能のなんたらかんたらという話だったが、彼にとってはどうでも良いことだ。

 スラムのガキに金を握らせてでも通用門あたりの監視を頼んどくべきだったなと若干後悔しながらも、ヴァンスはお目当ての一行が到着するのを待っていた。

 やって来る人数や、その馬車の数からも察せる情報は幾つもある。

 先触れが来るようならかなり位の高い人間が来るか、緊急性を要する何かが起きているということ、といったように人員や物資からでもわかることは多い。

 はてさて鬼が出るか蛇が出るか、そう考えながら広報を確認するヴァンス。注意を散漫にしつつも、いざというときのための逃走経路を確認しておくことは忘れない。脳内にどうすれば機敏さでは劣る騎士を撒けるかを考えながら、ヴァンスは時が来るのを今か今かと待っていた。



 まず最初、自国の白銀とは違う紅の甲冑を着た人間達を見て、ヴァンスはようやく客人が到着したことを知る。

 見た感じ造りは武骨で角張っており、造形美よりも機能性を重んじているのがわかる装備であった。腰に下げている剣もかなり刃が厚い、恐らく全員が重騎士だろうと思われるが、その動きはきびきびとしている。魔法の品でも使っているのだろう。

 先頭に位置しているのが恐らく隊長格だろう、彼は前に歩きながら、こちらの騎士の一人と握手を交わした。

 

「……」

「……」


 彼らを出迎えている騎士が何やら話しているが、読唇技術も超強化された聴力もないヴァンスには何を言っているのかはわからなかった。

 リスタンの騎士団の隊長が部下に何かを命じると、彼らが近くにある詰め所へと駆け足で急いでいるのが見える。

 そのまま扉を開いたまま中にいる誰かと話している騎士達は、そのまま歩を進めると一人の少女を連れ出していた。

 

「……おいおい、マジかよ」


 思わず声に出るのも無理はない。

 彼らが建物の中から呼び出し随行しているのは、彼がこの二ヶ月弱の間探し続け、そして見つけられずじまいだったとある女性だったのだから。

 他国の騎士団へ笑顔で歩いていく人間は、どこからどう見ても見間違いようもない。

 そこにいたのは、スースその人であった。

 ヴァンスは気が付けば、屋根を飛び降り走り出していた。

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