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酔いに任せて

 ヴァンスは彼にしては珍しく焦った、もしかしたら彼女は、何らかの事件にでも巻き込まれたのではないだろうかと。

 彼なりに伝手を辿り、貴族の子女を探してはみたが中々上手くはいかない。

 大雑把に事件を探すことは出来ても、そもそも本当の名前すら知らないのだから探しようがなかった。 

 それにもし、本当に誘拐や強姦と言った犯罪に巻き込まれたのなら、将来の事を考えて貴族側が戒厳令のようなものを敷いている可能性もある。そうなってしまえば、ヴァンスとしても辿りようがない。それを逆手にとり、明らかに粉飾されている事件を追ってみたりもしたが、引っ掛かるのはチンケな違法取引や下らない商談ばかりだった。

 そこから更に一週間が経ち、二週間が経ち、ヴァンスは考えを改めるようになっていく。

 もしかしたら、既に向こう側が自分と会うことを止めようと決めたのかもしれない。最後に出会ってから一月半が経過して、彼はようやくその可能性に思い当たることができた。

 ひょっとしたら自分は、ただ遊ばれていただけなのかもしれない。 

 明らかに身分の高そうな女を、自分は火遊びと称してひっかけようとした。だがもしや、引っ掛けられたのは自分だったのではないだろうか。そんな女々しい考えに取り付かれてしまう。

 ちょっとばかしの気まぐれに、普段は話もしないような下賤な者と戯れるのも一興。そんなお貴族様の遊興と考えれば、不意に連絡が途絶え、逢瀬が終わりを告げたことにも納得が行く。

 朝日が登り、夕日が暮れ、夜がやって来る度、ヴァンスの疑念は強まっていき、そして確信へと変わり始める。

 彼は夜毎に酒をあおる。安っぽいエールではなく、ただ酔うためのグラッパを。

 純真そうな女の態度に騙されて一杯食わされた。

 言葉にすれば一行もかからない呆気ない結末は、どうしようもなく酒を不味くする。

 溜め息も出ないし、捨てられたのだと泣きわめくこともしない。だけどどうにも、酒は美味くなかった。

 やっぱり、人付き合いなんぞ碌なもんじゃねぇやな。

 彼は仕事の後の一杯を飲み干し、今日も晩酌をする。

 時々思い出したように目の前のテーブルを見るが、もちろんスースの姿はない。

 だが彼は決して、晩飯の食事を摂る場所を変えようとはしなかった。その理由を彼は、わかろうとしなかった。


 酒量が増えることはない、次の日の仕事に支障が出ては命を落とす。気落ちするとて、乗り気でなくとて、やるべきことはしっかりやる。締めるべきところはきっちり締めるのがヴァンスの流儀であった。

 基本的に戦闘に関連した部分以外は栓が壊れているのだが、冒険者などという職から考えればそれでも十分自己管理が出来ている部類に入る。

 だがやはり、酒場に居すぎては酒をかっくらいたくなる。

 その日もある程度酒場で過ごしてから、彼は外をふらついていた。

 建物の間に空いている隙間からは、局部や胸部をこれみよがしに強調した格好の街娼が手招きをしている。そのうちの数人は顔見知りで、大部分は知らない人間だ。

 女を買うことは、ここ最近はしていなかった。だがどうにもそんな気分にならない、適当にふらつきながら客引きをあしらっていると、今度は賭け有りの乱闘が目に入る。

 恐らく二人の人間を囲んでいるのだろう人だかりは、そこかしこで身勝手で物騒な叫び声をあげていた。

 最近は賭け事もしていない。博打下手な彼は、一度賭場に入ろうものなら身ぐるみを剥がれるレベルで金をむしり取られるのが常だった。

 香水と汗と燃した薬草の香りは嫌いではないが、今は懐的に余裕があるわけでもない。

 わからぬように賭場を警備しているチンピラ達に適当に挨拶をしてから、二等区画へと入っていくことにした。

 完全に日が沈み、あたりには魔石を使った灯りの魔道具の光がうっすらと点っている。どこもかしこも店を閉め、空いているのは一部の食事処くらいなものだった。

 ふらふらと宛もなくさまよう彼は、なんとなしに通りの裏側にある露店商の一角に足を運んだ。

 ガラクタとゴミと違法な薬物が立ち並ぶ第三区画のそれとは違い、二等区画のそこは高級なゴミと謎の物体で溢れていた。

 法律的に使えなくなった品々ではなく、諸事情から使わなくなった物品が立ち並ぶその場所で、たまに出る掘り出し物でもないものかと物色をする。

 

「おいクソババア、こりゃなんだ」

「あー、打ち上げられてたカメオだね。中にゃよくわかんない紙が入ってるよ」

「クソの役にも立たねぇな」


 投げ売りされている品は、その九割九部九厘が銅貨一枚にもならないような控えめに言ってゴミ同然なものである。

 だが稀に、どこかから掘り出された魔法の品や、銅貨で変えるとは思えないほど高価な薬が手に入ることもある。

 今回は当たりはなさそうだな、とぐるりと一周して結論付けた。

 一等区画に向かえば、なんの紹介状もない自分は一発でお縄だ。このまま寝るのも面倒だったので、彼は店を出している幸の薄そうな女と世間話に興じることにした。


「なんか最近面白い話とかねぇか?」

「うーん、こないだ劇作家のアポロさんが十三股がバレたけど何故か不問になったこととかかなぁ」

「俺に関係ない人間の男女関係などどうでも良いわ、もうちょいまともなのはないのか」

「まともなのって何よ、世間話にそんなもの求めちゃダメじゃない?」

「うわーこのコップすごいできがよさそうだなー」

「やっぱり会話には中身が大事よね、うんうん。それなら、えっと……そういえばあと数日のうちに外国の騎士団さんが来るらしいよ」

「なんでわざわざ? そんなやべぇ魔物が出たって話はなかったと思うが」

「そんなのはわかんないけど、ここらの女の子達はなんとかして男を路地裏に連れ込めないかと皆策を練ってるわよ。もちろん私も隙有らば狙ってくつもり」

「女っつうのは逞しいよなぁ、ホントに」

 

 ヴァンスは適当な所で話を切り上げ、宿へ戻ることにした。 

 もしや自分程度の冒険者には明かされんようなデカい案件が動いてるのかもしれん。だとすりゃぁ漁夫の利をかっさらいにいかなくっちゃな。

 騎士からは腐肉アサリやゴロツキと呼ばれている冒険者である彼に、面子や恥などというものはない。稼ぎになりそうな話があれば乗ってみるだけ乗ってみようと考えるのは、至極当然の話であった。

 それにもしここを魔物が大挙してやってくるというような話になれば街を去る必要だって出てくる。

 なんにせよ、気にしておくに越したことはないだろう。

 ヴァンスは頭の片隅に先ほどのやり取りを覚えておきながら、宿で眠りについた。

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