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再会の約束

 二人の間に流れていたなんとも言えない空気が払拭されると、先ほど走っていた間は出来なかった会話がしっかりと続くようになった。

 自分も本調子というか、イマイチ乗りきれていないような部分があることは承知していた。もしかしたらスースの方も、自分と似たようなものだったのかもしれない。

 会話が弾めば、足取りも軽くなっていく。そして軽快なステップを踏めば、気持ちが落ちようはずもない。

 昼前に落ち合った二人が一緒に過ごせば過ごすだけ、楽しさが増していく。そして加速度的に時間が経つのが早くなっていく。

 大道芸人が蛇を壺から出し入れしているのを見てバカにしてスースにしこたま頬を叩かれたり、時間内に完食したら商品のもらえる大食いメニューを食べて腹をパンパンに膨らませたりしていると、時間が経つのはあっという間だった。 


 真上から彼らを見下ろしていた太陽も今や街の向こう側へ沈もうとしている。快晴で青々としていた空は、今は濃いオレンジ色になって彼らの視界を橙色に染めていた。

 二人は人通りの多い場所を通りつつ、なんとなしにグルグルと同じ場所を回っていた。第一区画と第二区画の間、気が向けばいつでもスースが家に帰れるような場所で二人がうだうだとしている理由は、二人の気持ちが一緒であるということを示していた。


「それでですね、お父さんが言ったんですよ。こんな不味い物を食べられるかって。私が好きだったコックさんは、私の誕生日の御馳走を作ったせいでクビになっちゃったんです」

「別に飯なんて味の付いてる物体なんだから、食えりゃあ良いのにな」

「流石私に味付けの濃い料理を勧めるだけはありますね」

「俺は繊細なバカ舌の持ち主だからな」

「相変わらずヴァンスさんは一呼吸のうちに矛盾を発生させるわけですが……」

 

 歩くペースはそれほど早くない。道行く人々よりもゆったりとした行進速度は、下手をしなくとも通行人の邪魔である。

 街道を歩く二人は、なるべく迷惑がかからないようにと申し訳程度に脇道を歩いていた。

 彼らの向かいから走ってくるタンクトップ姿の親父に気を利かせ体を横にどけると、後ろからやって来ていたおばさんに激突し悪態を吐かれる。

 ヴァンスは人込みが嫌いだったが、不思議と今は嫌な気分にはならなかった。

 道行く人達は夜が近付き、帰路についている。彼らを見ると嫌が応にも、別れの時間が近づいていることがわかってしまう。

 また来週会えると頭ではわかっていても、それは今すぐに別れるというマイナスを打ち消してはくれない。

 今会えていても、次は会えなくなってしまう。そんな思いをするのは、もう嫌だった。

 本来なら適度なところで別れを切り出し、暗くなる前に彼女を家へ送り返してやるのが男としての態度なのだろう。

 ヴァンスはそう理解した上で、どうにも別れを切り出せずにいた。

 だが女々しい態度はダサいと感じるのもまた事実。彼という人間は、面倒くさい性根の持ち主なのである。


「んじゃあそろそろ、さよならしとくか」

「……今日は楽しかったです、本当に」

「そっか」

「はい」

「……」

「……」

 

 無言で歩き続ける二人。周囲の喧騒から切り離されたかのように、彼らを包む空気だけがしっとりと湿っていた。

 だがその感覚が、彼は嫌ではなかった。

 何も話さずとも、違和感を感じない。沈黙が苦ではない。そう感じるくらいには、彼女との時間を大切に思っている。

 会話は無いが、二人の手は繋がれたままだった。

 二人で一緒に遊んでいるとどうにも色っぽい雰囲気にならないため、全くといってほどに進展はしていなかった。だけどこんな形もアリなのではないだろうか。

 人付き合いに正解などなく、きっと全てが正解だ。

 なんとなく駄弁って、うだうだして、はしゃいで、笑い合って。意味もないことに時間を費やして、そして時間を浪費しても良いと思えるくらいには、関係性は悪くなくて。

 友達以上恋人未満なこの状態が、ヴァンスには一番なように思えた。


「あ、あの……」

「なんだ」


 ずっと握っぱなしなままの手のひらは、じっとりと汗ばんでいる。スースの手が、ヴァンスのそれをきゅっと強く握ったような気がした。


「いえ…………今日はその、ありがとうございました」

「……礼とか言われると、背中が痒くなるな」

「私、こんな楽しい気持ちになったの、ちっちゃな頃以来です」

「そこは初めてって言っとけよ。大抵の男は初めてとか言われたら喜ぶぞ、俺も含めて」

「また…………会ってくれますか?」

「そりゃ会うだろ」


 スースが手を離した。一歩踏み出せば密着できていた二人の距離が、少しだけ開く。


「私が、誰だったとしても?」

「こちとら貴族様の権威は気にしない冒険者風情なもんでね。お前が誰だろうと態度変えるほどヤワじゃないんだわ」

「……本当の、本当に?」


 茶化そうとしたヴァンスは、彼女の瞳が真剣なものだったために少しだけ言葉を選んだ。それでもほとんどノータイムで、最低な選択肢を除外しただけなのだが。


「ああ、マジもマジ。大マジよ」

「……じゃあ、その、また会いましょう。まだ予定が決まってないので、あれなんですけど」

「別に構わんさ。仕事が終わればあそこくらいしか行くとこないしな」

「それじゃあ、また来週」

「おう、また今度」

 

 二人は手を振り合って別れた、再会の約束をして。

 そして……それから一ヶ月が経過しても、スースが酒場を訪れることはなかった。

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