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散策

 

 待ち合わせをして、しっかりと準備を整えて試合に臨む。やることは依頼と何も変わらぬはずなのに、どうしても彼の緊張は高まっていた。

 鍛冶師の男に変なものを見るような目で見つめられながら呼吸を整えていたヴァンスは、目を細めて自分を見つめていた男と一緒になって息をするのを一瞬忘れた。


「待ちましたか、ヴァンスさん」

「……待ってねぇよ、これっぽっちもな」


 普段と違い、地味な色のローブを着ることを止めたスースの姿は、彼が想像していたものを優に越えていた。

 勿論人目を引くだけのド派手なドレスを着ているわけではない。最低限変装は怠っていないと言えるだけの地味さはある。

 だが服自体の主張があまり激しくないおかげで、彼女の素の相貌がそのまま全面に出てきている。

 赤い瞳、赤い髪、その垂れ目気味な二重に、子供らしい心根とは正反対に育っている胸部。


「……おっぱいデカッ」

「は、初めて私の私服を見た感想がそれですかっ⁉」


 未だ胸中穏やかでないヴァンスに出来たことは、精々下ネタで空気をぶち壊すことくらいだった。

 思っていたより良い感じだぞ、という程度の曖昧な言葉ですら彼の口から出てくることはない。

 気持ち早足になりながら、二人は特に目的もなく街の中を散策し始めた。



 これもまた戦いだ、そう考えると逸る心を落ち着けることは簡単だった。

 一度剣に触れ冷静になってから、彼は二人での散歩を楽しむことにした。

 折角の時間を、下手に無駄にしたくない。気持ち二人の足は早くなり、途中からは常に小走りをしながら店を巡るようになっていた。途中ではぐれないように手を繋いだ二人だったが、走っているせいでその感触をまともに楽しむだけの心的余裕はなかった。

 彼女は踝が見える程度の長さのロングスカートを着ていたため、ヴァンスも本気で駆けるようなことはなかったが、それでも大の大人二人が辺りを見回しながら走る様子は、周囲の人間からすれば奇妙なものに写っただろう。

 だが恥ずかしいなどという感情は、何かを本気で楽しむためには邪魔だ。

 俺がすることに凡人が文句をつけられるかよ。ヴァンスはとりあえず入った肉料理屋のテーブルに肘を乗せながら周りを見回す。

 はぁはぁと息を吐きながら席に座る二人を奇妙に思っていた数人の客が、サッと二人から目を逸らした。

 長い髪が気持ち乱れているスースは、運動があまり得意でないからか既に結構グロッキーである。


「わ、私達どうしてわざわざ走ってたんでしょうか……」

「知らん、理由なんてないだろ」


 ケロッとしている顔の彼も、実は結構内心で動揺していた。

 冷静に考えて、女のおめかしが崩れるくらい走らせて、しかもチョイスした飯屋がゴリゴリの油ものなのってヤバくね? どう考えてもヤバかったが、ヴァンスはこれが俺だと開き直るための態勢を整えて彼女が息を整えるのを待っていた。

 だが結局料理が来るまでにもスースは彼を怒らず、そして料理はなんの問題もなく平らげられた。

 問題はなさそうだったが、彼女の顔色はそれほど良くはない。いきなりがっつり飯を食べて気分が悪くなったというよりかは、何か気がかりなことがあるかのような気の落とし方をしている。

 ヴァンスは乙女心などわからないので、店を出てすぐに直球勝負を敢行した。


「なぁ、何か気になることでもあんのか?」

「あ、いえ、その……」

 

 これが噂に聞く言葉にはしないけど汲み取ってよムーブかと身構えていると、案外簡単に答えはこぼされた。


「似合ってない、でしょうか」


 どうやら彼女は出会ってからまだ一度も、その格好を誉められていないことに感じるものがあるらしかった。

 なるほど、そういえばセクハラしかしてなかったもんな。とりあえず誉めとくという基本的なことすら思い出せずにいた自分は、実は彼女以上に動揺しているのかもしれない。

 支払いを終え、気持ち顔を下げている彼女の宙ぶらりんな右手を取り、ヴァンスは前を見ながら歩き始める。


「似合ってると思うぞ、いや普通に」

「そ、そうですか……そうですか」


 流石に食後すぐに走ることは憚られたのでゆっくりと歩く。

 だからもうその必要はないのだけれど、不器用な二人は決して手を放すことなく散策を続けた。

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