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重ねて

 次に会う約束をしなくとも、再会することは日増しに難しくなくなっていった。

 基本的にヴァンスが酒場で夜飯を食べ、来る場合はそれを見計らってスースがやって来る。

 スーですと怒られるのがくすぐったくて心地良かったので毎回スーススースと言っていると、何故か名前がスースで固定されてしまった。

 会話の内容は、日によってまちまちだった。ヴァンスが子供の頃に経験したアウトロー体験を話すこともあれば、彼女が茶の入れ方や菓子の食べ方について話してくれることもあるといったように、その内容は非常に多岐に渡っていた。

 何度も会うようになるうち、彼女は既に自分の招待を隠す気がなくなっていた。

 二人で暗い路地を歩くときだけ取ってくれるフード、その内側に秘められている彼女の顔を見るたび、彼は自分の胸が高鳴るのを感じずにはいられなかった。

 どうして仲良くなろうと思ったのかはわからなかった。

 だが案外、男女の仲というものはそんなものなのかもしれない。大して女性経験もない彼は、そんな風に玄人ぶって嘯いた。

 最初の出会いが劇的だった訳でもない。

 なんとなく下心込みで声をかけて、そこから仲良くなっただけだ。

 そんな関係だから、いつ切れるともわからぬ細長い糸だったからこそ、二人の貧相な食事会は続いているのかもしれない。

 ただ無事に酒場にやって来る彼女を見るたび、日増しに不可解だという気持ちが大きくなっていく。一体どうして毎回毎回怪我の一つもせずにここまでたどり着けるのだろうか。

 不思議に思って訊ねてみれば、すぐに疑問は氷解した。彼女は世にも珍しい、魔力感知の魔法を覚えていたのだ。どうやらその力を使い、無用な騒動を起こさずに酒場までやって来ているらしい。

 屋敷から護衛なり衛兵なりを撒くことが出来ているのも、その力のおかげなのだろう。

 話をしている限り、どうやらある程度は護身の心得もありそうだった。

 貴族の子供は小さい頃から魔物の討伐に随行し、ある程度基礎能力値を高めたりもするらしい。その恩恵に預かっているからこその出会いだったのだと考え、ヴァンスは彼女の生まれが高貴であることに一度だけ感謝した。

 

 回数を重ねれば、自然関係は深まっていく。

 二人は少しばかり遠回りをしながら、一等区画への道を進んでいた。その歩幅が小さくなり、歩くペースが落ちていることをどちらかが指摘するようなことはなかった。


「こーんなおっきい砂糖菓子があってですね、それを割ってみると真ん中からおっきな果物のシロップ漬けが出てきたんですよ」

「うげ、聞いただけで胸焼けするな」

「でも気付いたら全部食べちゃってたんです」

「だからデブなのか」

「ふ……太ってないですっ‼」

「嘘つけ、この辺の肉ヤバいぞ」

「ちょ、乙女にょやわひゃだをみょみゃないでくらはいっ‼」

 

 スースの頬の肉を摘まむヴァンス、摘ままれている側の彼女も、どこか楽しそうだ。

 何度か会って会話を重ねても、彼女の敬語がとれることはなかった。

 しかし他人行儀な感じは既にない。ヴァンスはそれもまた彼女の個性の一つなのだ、と一々指摘はしないでいた。


「うーん、しかしどうにも毎度毎度同じ飯屋というのは飽きるな」

「じゃ、じゃあ今度はどこかで待ち合わせでもしましょうか?」

「なんでどもってんだよ、童貞かお前は」

「私はっ‼ 女ですっ‼」

「んじゃあ二等区画の……そうだな、グルダんとこの鍛冶屋前で待ち合わせるか」

「私は、女ですからっ‼」

「わかってるって、てかそこはそんな根に持つとこじゃねぇだろ……」


 文句をつけてプリプリ頬を膨らませているスースと、彼は一週間後に会う約束をした。

 どちらからともなく示し合わせる形ではなく、しっかりと約束をして会うのは、初めてのことだった。

 未だ手を繋ぐことすら出来ていないその進展の遅さがもどかしく、そして望ましかった。

 ヴァンスという男は、がっしりした体格のくせ、そういった事に関してはかなりの奥手なのである。

 彼は今の関係が壊れてしまうことが、どうしようもなく嫌だった。

 仲が深まれば、その絆が裂かれた時の衝撃が大きくなる。そのことを、彼は骨身に染みて知っている。

 そんな内心をおくびにも表に出さず、自信満々で気丈に手を振りながら、次のデートのことを考える。

 折角元に戻った酒の味がまた悪くなるのは避けてぇわな。

 なんとなく過ごしているうち、約束の日時はあっという間にやって来た。

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