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本当に、偶然の再会

 なんとなく仕事が手に付かない。そう感じたのは、彼が討伐対象である村雲鮪と拳で語り終えた時であった。

 砂漠と海に囲まれているリスタンの土地柄、ここには実に多種多様な魔物が存在している。基本的に飽き性な彼がこの場所に長い時間留まることが出来ているのも、この国の周囲には彼を飽きさせないだけの種類、魔物が存在しているという理由があるからだ。

 そこまで金に頓着しない彼は、基本的に無理はせずにCランク冒険者として適切な依頼をこなすようにしている。したいこともないので昔ほど無謀はしなくなったが、それでもしっかりと歯応えのある相手を選んで獲物にするようにはしている。

 そんな彼にとり、自分よりも少し強く、そして海中で弾丸の如く跳ね回る村雲鮪は決して油断できる相手ではない。

 もちろん全力で取り組み、結果として浅瀬で鮪相手に格闘戦を挑むことにはなったが討伐に成功することは出来た。

 だがどうにも興が乗らない。体は軽くなり、酒もしっかりと抜いているにもかかわらず、どうにも動きが完全でなかった。

 精細を欠いていたここ最近の動きよりかは遥かにマシだったが、それでもここに来るまでの自分と比べると一段落ちる気がする。

 その原因はなんだろうか。そう考えて思い浮かぶのは、まだ隠れていない顔を見たこともない一人の女だった。

 

「……チ、馬鹿馬鹿しい」


 ヴァンスは鮪を担ぎ、依頼主である浅瀬のマダムの方へ獲物を渡しに行く。相手が浅瀬に戻ろうとするのを阻止しようともんどりうって暴れたせいで、元から薄着だった彼は今ほとんど全裸になっていた。着水用の麻の服は、既に営利な鱗のせいでボロボロである。全身の傷は、後でポーションかけてから唾つけて治そう。

 

「これで良いか?」

「ご……ごくり」


 何故か依頼をする原因となった鮪ではなく有らぬ方向を見ているマダムから依頼達成を示す札を貰い、服を着てからギルドへ戻った。そのまま依頼料を貰うと、時刻は午後三時になっている。

 腹が減ったと思いながら、先ほどまで格闘していた全身岩のような鱗まみれの魔物を思い出す。

 魔物肉グルメである彼からしてみれば、あの鮪も一度は食べてみたい対象だった。だが流石に身の部分を食えばバレるために一口も食べていない。そのせいでお腹はペコペコだ。

 さて、どこの飯屋へ行こうか。

 そう考えていると、気付けば足が第三区画へと向かおうとしていた。

 飯屋なら第二区画の方が良い場所が多い、第三区画は酒を飲む場所だ。

 ヴァンスは自分の腿をバシバシ叩きながら、方向転換し第二区画で一番高等な魚料理の店へ向かうことにした。

 どこか浮き足だっている自分がムカつくという謎の自己嫌悪のせいで、彼はいつもの半分の魚の煮付け十皿しか入らなかった。


 ヴァンスは面倒なことが嫌いだ。だから基本的にあと腐れのないものばかりを選ぶ。例えばそれは依頼主と受注者という関係であったり、臨時で組むパーティーを組むことに表れていたりする。

 誰かを失うのが怖い、そんなカッコ悪い考え方じゃない。

 彼はただ、大切な物を失ったあとの酒がいつもより不味くなり、その後の娼婦との行為の快楽が減るのが嫌だった。

 そんな彼に、冒険者という職はまさしく天職だった。

 好きな戦いをして、そして誰とも群れる必要もなく、一人で生きていくには十分な金を稼ぐことが出来る。

 彼は人間関係の煩雑さも嫌いだ。誰と誰が別れるだとか、どこどこの夫妻は倦怠期でセックスレスだとか、そんな情報は心底どうでも良かった。もちろん自分が間男になれる場合はその限りではなかったが。

 以前何度か頼まれた商隊護衛の専属契約も、そして一度だけ薦められた貴族の用心棒も、全て断っていた。

 雇用契約のせいで誰かと深い関わりを持つようになるのが面倒だったから。彼がひたすらにソロでいようとするのもそれと無縁なことではなかった。

 だがそれは、彼が一人が好きだということと同義ではない。

 頑なに一人でいようとするということは、即ちそうでもしないと一人でいられないということでもある。

 彼は嘘つきで、無精で、適当で……そして実は、誰よりも人懐っこいのだ。


 ヴァンスは仕事のグレードを少しばかり下げ、自己鍛練に時間を割くようにスケジュールを調整するようになっていた。

 このままでも死にはしないだろうが、変な癖をつけて将来死ぬのはまっぴらゴメンだ。折角体のキレが戻ってきたんだから、今は型からやり直すべきだ。

 そんな風に考え、宿と食事のグレードを少し下げ仕事を早上がりするようになった。そして夕方遅くまで剣を振り、魔力を循環させ、それから酒場へ向かう。

 朝と昼に食事をする場所は毎回変えていたが、その反動か晩御飯を食べる場所はここ最近固定されていた。そう、それは朝と昼の反動によるものなのだ。決して他に理由があって、夜飯をわざわざ割高な酒場で食うわけじゃない。

 ヴァンスは適当に看板娘のミーちゃんを口説きながら、一週間ほど酒場に通い詰めていた。

 ミーちゃんの態度は相変わらずとりつくしまもないし、エールは相変わらずぬるくて不味い。

 特に理由もなく毎日同じ酒場に通うヴァンスは、苦節二週間と二日目にして、ようやく一人の女のローブ姿を見つけることが出来た。

 相変わらずあちらこちらにキョロキョロと視線をさまよわせている女ではあったが、ヴァンスと目を合わせるとそのふらついた視線を固定させた。

 なんたる偶然か、ちょうど以前彼女と出会った場所で酒を飲んでいたヴァンスは、勢い良く立ち上がり、彼女へ笑いかけた。


「酒飲もうぜ、久しぶりに」


 ヴァンスは笑いながら、手に持っていたエールをあおる。

 相変わらずぬるくて苦いその酒精が、どうにも心地よかった。

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