言い訳
とりあえず乾杯を終え二杯ほど酒を飲むと、彼女から感じ取れる険のようなものが徐々に取れていくのがわかった。特に会話を挟むこともなく、二人は黙々と肉を平らげる作業に勤しむ。
ヴァンスは周囲に気を配り下手なことをしようとする奴等が出ないように牽制をしつつ、目の前の女の顔が見えないものかと相手に気付かれぬ程度に目を向けていた。
布の隙間からちらと見える顔から既に彼女が美人であることは明らかなように思えたが、実際に見てみないことには確証は持てない。
下手に美しすぎれば問題を起こしてでもという奴が出てくるだろうから、勢いに任せてフードをめくってしまうのはあまりよろしくない。
「どうした、酒は飲まないのか?」
「あ、えっと、その……」
彼女は肉の方はしっかりと食べていても、ジョッキの内容量はほとんど変わっていないように見える。乾杯の時に一度口をつけてからは、ほとんど飲んでいない。
「飲めないなら普通の果実水とか頼み直すけど」
「そ、そんなこと出来ませんよ‼ せっかくお金を出してもらったのに」
「じゃあ飲めよ普通に」
「で、ですが、その……」
どうにも煮えきらない態度だ。だがまぁ見知らぬ男に勧められた酒だ、何か睡眠薬でも仕込んであるって考えても不思議じゃあない。
適当に俺が飲んでやるかとヴァンス彼女の側にあったエールを掴もうとすると、彼女がそれを制止した。
「だ、大丈夫ですっ‼ 飲めますからっ‼」
「……そうか? それなら良いが、無理なら言えよ」
未だ名前すら教えてくれぬ女は、ヴァンスの視線を受けながらジッと前に置かれているエールを見つめる。見つめるというよりかは睨んでいると言った方が良いかもしれない。
こいつは酒に親でも殺されたのだろうか、そんな風に考えながらおかわりを頼むヴァンス。
「あ、あの……」
「どうした、さっさと飲めよ。飲まないなら俺が飲むぞ」
「非常に言いにくいことなのですが……」
「そういうのいいからさっさと言えって」
「実は私……未成年なんです」
一世一代の告白でもするかのような真剣な顔で伝える彼女を見て、ヴァンスは小さく笑った。
やっぱりそうか、と彼は自分が背伸びをして酒場に入ったときのことを思い出す。
「わ、笑わないでくださいっ‼ 酒を飲むのはいけない、だけど貰ったものを頂かないのはもっといけない、という板挟みがですね……」
「そんなクソルール律儀に守る必要なんてないだろ、この辺の奴等は皆ママのおっぱいにエールを混ぜて飲んでたような酒飲みばっかりだし」
「そ、そうなんですかっ⁉ い、いけないことなのに……」
「嘘に決まってんだろ」
「どっちなんですかっ‼ ……あ、お肉はとっても美味しいです。塩っ辛くて」
あ、多分こいつ酒めっちゃ弱いな。生粋の酒飲みであるヴァンスは彼女がハイになりかけていることに気付く。
流石の彼もチロチロと酒を舐めるだけで酔っぱらう人間を見るのは初めてだった。
器を舐めるのって、酒を飲んですらいなくね? と思ったが、まぁ目の前の女が楽しそうだったので野暮なことは言わないでおくのが良いだろう。
ヴァンスは彼女から強引にエールをひったくり一気に飲み干すと、チェイサー代わりに果実水を頼んでやった。
「あ、あのぅ……すいません」
「とりあえず今日は飲むの止めとけ、徐々に体に慣らしてった方が良い」
適当に抱いて捨てるのなら、酔い潰してしまった方が早い。自分はどうしてその選択肢を選ばなかったのだろう。少し不思議に思いながら、筋だらけの肉を必死になってフォークで切ろうとしている目の前の女を見つめる。筋まみれなせいで、必死の奮闘虚しく置かれている肉はほとんど原型のままである。
「てかさお前、いけないことしに来たんじゃねぇの。自分の家から抜け出して来たんだろ?」
「あ……わかっちゃいましたか?」
「そりゃわかるだろ普通」
「そうですね、ちょっと背伸びしに来ちゃったんです」
「そうか、悪い男に捕まらなくて良かったな」
「あなたが悪くないとは、到底思えませんけどね?」
「何を言う。どこからどう見ても善人の塊だろうが」
「本当にいい人は、そんな言葉を使わないような……」
「うるせぇ、エール飲ますぞこの野郎」
「いーやー‼」
先ほどまでほとんど会話がなかったのが嘘であるかのように、話が弾む。
警戒心が解けるの早すぎだし、こいつちょっとチョロすぎじゃね? ヴァンスは女の将来の旦那の苦労を偲びながら、フォークを使わずに素手で肉を掴んだ。
「良いか、肉はこうやって食うのが一番美味いんだ」
ヴァンスが掴んだ肉を豪快に噛み千切ると、生まれたての雛のように彼女も彼の真似をする。
「きゃ、きゃたひ……」
「鍛練が足らないな、顎力不足だ。もしくはこうするのもアリ」
ヴァンスは今度は両手で肉を掴み、強引に左右に引きちぎった。
すると女も真似しようとして、もちろん出来ずに終わる。
「う、腕が……」
「貧弱だな、鍛練が足りない。そんじゃまぁ最後はこれだ」
ヴァンスは彼女が大事そうに両手で抱えている肉を取り上げ、ポイと宙に放り投げた。
「ああっ、何を……」
「良いから見とけって」
腰に差した解体用のナイフを取り出し、目にも止まらぬ速さで肉を切断していく。
そして綺麗に彼女の手元に切られた肉が……とは行かずにテーブルに肉が散らばった。
それをかき集めて皿の上に乗せてやる。
「これで食えるだろ」
「……はいっ、ありがとうございますっ‼」
何が楽しいのかニコニコと笑う女につられて、ヴァンスも笑みを浮かべる。
人のことを笑えんな、俺も。
酒の勢いか、警戒が完全に解けたのか、彼女は興奮混じりにヴァンスに話しかけてくる。
酔っちゃあいるだろうが、女は案外酔ってても思考だけは冷静だったりするもんだ。
もしかしたらこいつは、人を疑うようなことをしないタイプのゴリゴリの箱入りなのかもしれん。
大仰に自分のことを誉めてくれる彼女に当然だと答えを返しながら、どうして酔い潰そうとしなかったのか、その答えがわかった気がした。
こいつとは酔わせるより、抱くより、話してる方が面白い。
(俺様のタイプはこういうチンチクリンじゃくて、グラマラスな美女だからな)
心の中で言い訳しながら、ヴァンスは名も知らぬ女と、夜が更けるまで話を続けた。
気分良く酒が進むのは、随分と久しぶりなような気がした。




