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乾杯

 ヴァンスという男は自分に自信がある。戦闘だけでなく、顔も、性格も、そして異性のあしらいかたも自分は凡百の男共を超えているという謎の自負を持っている。

 彼は自分では女性へのあしらいかたを十分に心得ていると思っている。

 だが残念なことに、今までヴァンスが抱いてきた女は全員が全員商売女である。彼の異性へのアプローチ方法は、娼婦にとっては好感触であっても、一般的な子女にとっては最良のもの足り得ない。


「…………既に宿はとってあるので結構です」

「……むぅ、そうか」


 最初の一手は間違いなく間違えたことを悟るヴァンスではあるが、まだまだ諦めるつもりはない。

 貴族の子女など下手に手を出せば打ち首獄門ルートまっしぐらなのだが、どこか破滅的な思考を持つようになっている彼にとって、もはやその程度のことはデメリット足り得なかった。


「んじゃあとりあえず適当に頼んで良いぞ、俺が奢るから」

「えっ、いやでも私お金持って……」

「まぁまぁ、気にするなって」


 ヴァンスは女の話にまともに取り合わず、普段自分がよく頼む干し肉とエールのセットを二つ注文した。

 いつものと言って通るくらいにはこの店にも通い慣れているため、注文もスムーズに終わった。


「あ、その……」

 

 財布を取り出しまごついている彼女の分もさっさと支払いを終え、釣りは要らんとウェイトレスにチップを渡す。

 自分が行動をとる前に全てを終わらせてしまったからか、赤目の女が非難がましい目で見つめてくる。 


「別に大した金額じゃない、礼は要らんぞ」

「幾らですか、払いますから教えてください」


 女が無防備に開いている革財布からは、金と銀の硬貨が見えていた。目敏い人間が数人彼女の手元をチラと覗き見た。

 バカかこいつは、こんなとこで金見せびらかすとかなに考えてんだ。こんな場末一歩手前の酒場には分不相応な金銭を持ってるあたりやはりどこかの御息女なんだろうが、にしても無防備過ぎる。


「しまっとけ」

「ですが……」

「いいから」

 

 ヴァンスは少々強引に話を打ち切ってから、顔をズイと近付けて小声で呟く。


「お前、今何人かに中身を見られたの気付いてないのか? このまま一人で出たら襲われるから、とりあえず素知らぬふりして注文来るの待っとけ」

 

 ヴァンスの言葉を聞き慌てて財布をローブにしまう女、そのあわてふためきっぷりが元から持っている雰囲気とどうにもちぐはぐだ。

 彼はそわそわと所在なさげにしている女を観察してみることにした。

 髪は長い赤、瞳も同じように赤い。ローブは古くも新しくもないほどで、フードで半分隠れてる顔は見た感じ綺麗系だ。

 年齢はわからないが、こんなところで金貨を出そうとする狂った金銭感覚から考えてそれほど年がいってるようには思えない。

 もしかしたら未成年かもしれない、だがまぁ別にそんな細かいことを気にする奴はいないから、酒は飲ませても問題はなかろう。

 とりあえず速攻連れ込み宿作戦は失敗したので、まぁ適当に話してあとは流れでなんとかしよう。ヴァンスは天才的な頭脳を用いて作戦を放棄するという素晴らしい戦法を選んだ。


「最初に声かけたのが俺だったの、幸運に思った方が良いぜ」

「……そういうことにしておきます」


 どうにも警戒が先に来ているようだった、やはりいきなり連れ込もうとしたのはマズかったようだと彼はようやく気付く。

 この様子だと今日中は無理だな。んじゃ適当に顔繋ぎでもして次に活かすとしよう。


「別に俺じゃなくてもいいけどよ、ここ出るときは誰か連れといた方が良いぞ。多分路地裏で追い剥ぎ&強姦のダブルコンボ食らうだろうから」

「えっ⁉」


 大声をあげる女、ヴァンスは何にもわかってない彼女を見てため息を一つ。


「あのなぁ、女が一人で油まみれの場末の酒場で金じゃらじゃら鳴らして入店なんてな、私のこと好きにしてくださいって言ってるようなもんなんだぞ」

「……そうなんですか?」

「ああ、間違いなく」

「悪かったね、小汚ない酒場でっ‼」


 話していると二人の間のテーブルにドンと勢いよく二つのジョッキが叩き置かれる。

 エールの飛沫が女のローブにかかり、彼女は慌ててハンカチでそれを拭き取り始めた。


「良いじゃねぇか、小綺麗より小汚ない方が俺は落ち着くし」

「少なくとも店の人の前で言うことじゃないんじゃないかしら」

「いや、俺の女にここの流儀を伝えとこうと思ってな‼」


 これ見よがしな大声で叫ぶヴァンスのがなり声を聞き、ハンカチをしまった彼女がビクッと背筋を強張らせた。

 瞳をギラつかせていた男達の何人かが、舌打ちと共に憎々しげな目でヴァンスを見た。

 彼が腰に下げている剣を鞘ごとテーブルに叩きつけると、彼らは皆揃って目を逸らす。

 ヴァンスはここが以前やらかした場所であることの幸運に感謝した。

 この店なら俺の恐ろしさを体に教え込まされた奴も多い、向こうも下手に彼女に手出しをすることの不利を悟ってくれるだろう。 

 こういった牽制があるのとないのとでは大きく違ってくる。

 

「おっとと、結構溢れちまったな。新しいのもう一杯」

「良いわよ、さっき多目に出してくれたからお代は結構だから」

「最高、流石看板娘。胸が看板サイズじゃなければ嫁の貰い手もいるだろうに」

「やっぱり金貨一枚にしようかしら」

「俺様の最強超絶抱腹絶倒ジョークだろうが」

「バカ言ってなさい」


 二人のやり取りを見ていた赤目の女が呆けたような顔をしている。

 テキパキと手際の良い店員さんが改めてジョッキに酒を継ぎ足してくれたのを確認してから、ヴァンスはそれを持ち上げた。

 それを見て彼女も慌ててエールを持ち上げる。彼女の視線が先ほどより少しだけ柔らかくなったのは、彼が助けようとしているのをなんとなく察してくれたからだろう。


「乾杯」

「えっと……何に対してでしょうか?」

「決まってんだろ。二人の出会いに、だ」

「……わかりました。それでは改めまして、二人の出会いに乾杯」

 

 はにかみながら杯を掲げる彼女を見て、ヴァンスはフッと小さく息を吐く。

 世間知らずな嬢ちゃんだが、悪い奴じゃあなさそうだ。

 二人がジョッキをかち合わせると、木材のぶつかる鈍い音が響いた。

 ヴァンスは何を話そうかと考える前に、取り敢えずエールをイッキ飲みした。

 不思議と気分は、いつもほど悪くはなかった。

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