到着
ヴァンスには、普段から自分を馬鹿にするおっさんがわざわざ名指しで呼び出された理由はわからなかった。
そりゃあ実力はあるかもしれねぇが、俺から依頼料ピンハネするようなカス魔法使いが重宝されるなんて信じられねぇ。
シュイと見慣れぬ軍服を着た男が仲睦ましげに話しているのを見れば、それが現実だとはっきりわかった。
普段からさっさと消えろ、金よこせと悪態ばかりついていたからか、出立するという一週間という期間、ヴァンスは彼に何も言えずにいた。
そして彼が悶々とした感情を抱えているうちに、あっという間に旅立ちの日がやってくる。
「俺も連れてけよ、後悔はさせねぇ」
「バカ言うな、半人前が出来ることなんてたかが知れてらぁな」
シュイが旅支度を整え、この街を出る時になりようやくヴァンスは言えた。だがシュイは決してそれに取り合おうとしない。
どこまでも自分を子供扱いする彼が嫌いで、嫌いで、大嫌いだった。だけどそれだけの気持ちを持てるということそれ自体が自らの感情の強さを表していることに、まだ若いヴァンスは気付けない。
ぶっきらぼうに言葉だけ投げ、そっぽを向く彼の頭を、シュイは乱暴に撫でた。
「達者でやれよな」
「たりめぇだ」
男同士の会話に、それほど多くの言葉は要らない。
再会を願うことも、別れを惜しむことも、カッコ悪くて出来ない。そんな風にカッコ悪い考え方をしてしまうせいで、本当の気持ちを上手く伝えられない。二人は図体がデカいだけで、どちらもガキだった。
彼らはそれぞれの気持ちを押し隠しながら、袂を分かった。
結局シュイが何者だったのか、ヴァンスは最後までわからなかった。
それからしばらくして、ヴァンスは以前より上等な暮らしが出来るようになった。
シュイが色々と手を回してくれたからか、以前は足元の底の赤茶けた地面のその下まで見ていたような奴等が、相場に色をつけて彼から魔物の素材を買ってくれるようになった。
金も増えた、装備も充実した。冒険者にはなれなくとも、冒険者界隈で名前を売ることが出来るくらいの強さにはなれた。
求めていたはずのものが手に入り、たらふくご飯が食えるようになった。
下手に金を使い果たしてしまっても、また稼げば問題はない。そう言えるだけの稼ぎを手にした。
だけど何かが、物足りなかった。それがなんなのか、わかりたくないけれど、わかっている自分がいた。
しっかりとした食生活のおかげで一層壮健になり、体格は大人と比べても遜色のないものになった。
自分を知らぬ人間がいるところでならば冒険者としてやっていくことも出来るんじゃないかと思えるくらいには、顔も大人びた。
ヴァンスは金を溜め、生まれ育った街を出ていくことに決めた。
即決で向かう場所はリスタン国が首都リスタンに決めた。
そう決めた理由は特にない。シュイが向かった場所だということは、まったくもって関係がない。
だが、一度会えたのなら、礼代わりに酒を奢ってやることくらいはしてやっても良いかもしれない。
そんな風に考えながら、ヴァンスは故郷を後にした。
シュイが街を後にしてから、実に一年半が経過してのことだった。
リスタンの辺境で鍛えた腕は、彼を決して裏切らなかった。
国の中央にある首都に行くまでには幾度も馬車を乗り換える必要がある。
馬車を変え、面識のない人間に護衛兼乗客として乗せてもらうように言う度、商人からは顔をしかめられた。
冒険者という身分がなく、シュイがしてくれた最低限の身分保証がなければ、自分はただの暴力を振るう一般人でしかないのだと、彼は故郷を出て初めて気付いた。
だが実際に魔物を殺し、盗賊を殺し、山賊と結託して荷を奪おうとした冒険者を殺せば、簡単に彼らの態度は軟化した。
毎度毎度その行程をやり直すのは非常に面倒だったが、食いぶちを探し改めて冒険者になるためだと思えば我慢も出来た。
スラムの孤児を束ねる窃盗組織とチンピラ関連の人間しか情報源がいなかったせいか、ヴァンスの知識は非常に偏りが大きかった。
彼は稼いだ金を頓着もなく放出し、ここ一年半近くの戦禍の情報を集めた。ほとんどすっからかんになり、慣れないことはするもんじゃないと思いながらも、大体の情報は集めることが出来た。
なんでが散発的に起こっているらしい魔物との戦争が、ここ最近劇化しているらしい。
魔物討伐ならお手のものだと考えながら、ヴァンスは自分がもう以前の自分ではないことを改めて世界に見せつけてやろうと思った。
そして世界にヴァンスの名を知らしめるそのついでに……いや、ついでのついでくらいに、シュイにも自分の成長を教えることも、吝かではないかもしれない。
ヴァンスは僻地では叶わなかった装備の拡充を行い借金苦に陥りかけたり、女遊びが祟って寝た女の旦那に刺されかけたりしながらも、王都へ辿り着くことが出来た。
ヴァンスは冒険者登録を行うことに成功したため、上機嫌で情報収集を始めることが出来た。
自分は王都に知り合いはほとんどいない。都心と田舎で大きく異なる物価や仕事、魔物のことなどを知るのは一人では難しい。
だから本当に、本当に遺憾なことではあるが、シュイを探し、色々と教えてもらう必要があるだろう。
どこか楽しそうに、ヴァンスは彼の姿を探した。
果たしてシュイは直ぐに見つかった……十字架の下に、その出生年と本当の名を墓石に彫り込まれた状態で。




