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飢え

 ヴァンスの幼い頃の思い出の中に、良いものなどほとんどない。彼の幼少期はどこにでもありふれている孤児のそれとなんら変わらぬ、凡庸なものであった。

 体が動くうちに全身を浅瀬で採れる塩水で洗い、磯の臭いで体臭を誤魔化す。そして綿密に下調べをした上で、官権に自分を突き出さないような善良な人間を探しだし、善意という保険をかけた上で食料を盗む。成功すればそれでよし、失敗しても殺されない程度にしこたま叩かれるだけで済む。

 そんな風に大人を小バカにして、しかし大人の作る社会の恐ろしさだけはしっかりと認識して、ヴァンスは必死になって体を作った。

 魔物を殺すのが大変なのは、最初の一回だ。魔物を殺し経験値を獲得する事が出来れば、二回目以降に何かを殺すのはずっと楽になる。

 彼は善人のおっさんからかっぱらった商売道具の出刃包丁を持ち、あたりに申し訳程度に張られている柵を飛び越え、なんとか魔物を殺せた。

 一度殺してしまえば、後は簡単だ。殺しには慣れていくし、命がかかっているのだから脳も体も必死になって戦い方を覚える。

 ヴァンスは出刃包丁を錆び付かせては売り払い、また新たな刃物を盗んでは魔物を殺した。

 魔物を持ち運ぶことは不可能ではなかったが、一度見知らぬ冒険者に見つかったときは難癖をつけて取り上げられた。そもそもスラム出身のガキには売るための伝がない。

 安く買い叩かれることは覚悟で、適当に使えそうな鱗なり臓物なりをスラムやチンピラ御用達の最低級の店に卸す。もちろんそこでも足元は見られるから、ギリギリ麦と呼べるか呼べないかというふやけた麦粥が食える額だけを手渡される。

 ヴァンスが少しずつ強くなり、素材を傷なしで持ち込めるようになっても、そしてより強く希少な魔物の素材を渡しても、買い取り額は決して増えなかった。

 数字の勘定が出来ないヴァンスでも流石におかしいことはわかる。しかし彼も他に売る場所がないのだからそこに卸すしか手段がない。

 そのためヴァンスはある時から考え方を変えた。自分が成人するまでは、力をつける時間にするべきだ。戦って戦って強くなって、それから冒険者ギルドに登録出来るような見た目になってから正規の値段で取引をすれば良い。

 ヴァンスは同じ年の少年少女が丁稚奉公をし始める頃には、命をかけた戦いに挑み続ける血まみれの人間になっていた。

 もちろんまともな武器も防具もないから、強烈な一撃をもらえば死んでしまう。体が大きくなっても食事量は増えないから、無理に行軍をすることも出来ない。

 体格が大きくなり、流石にシャビシャビの麦粥だけでは生きていけなくなると仕方なく魔物の肉を食べ始めた。街で魔物食は禁忌とされていたが、そもそも勝手に街を抜け出すヴァンスにはどうでも良いことだった。魔物の肉を食べても良いのだということに気付いたのが遅すぎたくらいだ。

 勿論火を焚く場所もないし、火の付け方などわかるはずもないから、彼は生で肉を食べた。魔物の肉を焼くなどと言えば誰も炉を貸してはくれないから、彼としても苦渋の選択だ。

 魔物の肉は、結論から言えば食べることは出来た。ただ焼いてもいなく、噛めば噛むほど血が溢れてきて、そもそも筋張っていて強引に食いちぎらないと細かくすることも出来ないようなものが、旨いはずもない。味がない分、麦粥の方がよっぽどマシだった。

 だが腹を満たすことは出来るようになったため、彼は食料の心配をする必要はなくなった。

 だが金欠も無防備な状態も好転はしない。かっぱらった紐で鱗を強引に体にくっつけたり、物々交換で得た適当な木材を打撃武器として使いながら、ヴァンスは戦い続けた。

 戦闘能力が上がり続けても、決して懐事情は良くはならなかった。面倒も考えることも嫌いだった彼は、ただただ将来旨いものを好きなだけ食うために戦い続けた。戦闘を続けるうち、戦いが嫌いではないことに気付き、そして徐々に徐々に強くなるうち、自分は戦う職こそが天職であることを悟った。

 下手に魔物が狩れるとバレ、面倒ごとに巻き込まれるのも嫌だったので、街では貧乏な乞食として振る舞い、外で血の滴る魔物肉を食い漁るという生活を続けた。

 勿論効率は良くはないし、傷を負わないようにしなければいけない分ペースも遅い。

 だが確実に、ヴァンスは強くなっていった。

 獲物が良くならない以上倒せる魔物にも限度はあったが、それも魔物を倒しまくり強引に身体能力を上げるという力業で解決した。

 そしてある一定程度、下手に利用されなくなるほどの強さを手に入れてからは態度を元の、不遜なものに戻した。

 そうして非正規雇用のパーティーメンバーとして、冒険者見習いのような形で同行させてもらうことが増えた。

 向こうも下手なことをすればヴァンスが牙を剥くことはわかっていたので、ある程度の扱いはしてくれた。

 だが狂犬でしかないヴァンスの元からは人が離れて行き、再び彼は元のソロに戻った。

 そんな彼を助けたのが、旅人兼冒険者のシュイであった。

 彼はこの国では珍しい魔法使いであり、そしてその能力を使って金を稼ごうともしない変人でもあった。

 既に腫れ物のような扱いを受けていたヴァンスを更正させ、まともなマナーを叩き込んだのは彼だった。

 おかげでヴァンスはシュイの養子のように見られることになり、以前のような扱いを受ける機会は減った。

 だがそのシュイに依頼も依頼量も、その生活の全てを握られるようになってしまった。これも社会勉強だと目の前でピンハネを続ける彼を、何度殺そうと思ったことだろう。

 しかし結局、ヴァンスは彼を殺すことはしなかった。

 殺したあと、自分が今よりもいい生活を送れるとは思わなかったし、それになんだか嫌だったから。

 そんな風にヴァンスが貧乏だが飢餓で死ぬほどではないという生活を続けるようになった。

 だがまぁこんな生活も悪くはないかもしれない。大人になりゃあ死ぬほど稼げる男になれる。なんたって俺は最強だからな。

 心の中でも気丈なヴァンスはなんやかんや文句を言いつつも、シュイとの生活を楽しんでいた。

 そんな日常が終わりを告げたのは、突然であった。

 ザガ王国の出兵要請のリストの中に、シュイの名が入っていたのだ。

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