表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/388

無にして無限

 過去にも、そして現在にも、世間に名を轟かせる英雄というものはいつだって存在する。

 それは火計により万の敵を討ち果たした軍師であったり、自らの手足として部下を自由自在に操る将軍であったり、またある時は単独で魔王を討ち果たすような剛の者であったりする。

 彼らは一見すればてんでバラバラで、その生には一貫性が無いようにしか見えない。

 しかしよく見れば、とある共通した特徴があることがわかる。

 彼らは静と動を使い分ける。ある時はどんな小動物よりも慎重に、またある時はドラゴンよりも大胆に行動するそのさまは、行動に結果さえ伴っていなければただの気狂いでしかない。ともすれば一人の戦力が戦争を覆しかねない弱肉強食の世界は、彼らにとっての箱庭だ。

 だが英雄とは、何も魔力溜まりから生まれてくるわけではない。幾ら強く、化け物じみた知恵なり力なりを持っているからとて、彼らは霞を食べて生きていくことは出来ないし、三大欲求とも無縁ではいられない。

 どんな強者にだって弱かった時期があり、どんな切れ者にも両親に知恵比べで負ける時代がある。

 彼らだってただの人だ。幾らその行動が突飛に見えたとて彼らは強く、そして賢いからこそ、誰よりも人間らしい。

 これはどこにでもいる一人の男が誰にも負けぬ益荒男へと上り詰める、その源流になった話だ。

 とある姫君ととある冒険者見習いのどこにでもあるような、そしてどこにもない……そんなお話。






 今でこそ世界最強の名をほしいままにしているとある男はよく酒の席でこんなことを口にする。


「俺は赤ん坊の頃に瀕死のドラゴンを殺して、そっからずっと最強のまんま」


 極々一部の人間を除き、皆はその言葉をなんの疑いもなく信じる。

 嘘の方が事実よりよほど現実味があるなどということは、歴史を紐解いて行けば往々にしてあることだ。

 一体誰が信じるだろうか、ヴァンスというSランク冒険者が、成人してもしばらくの間はただのゴロツキでしかなかったなどという、そんな戯れ言を。







「ふんっ‼」


 太陽の陽射しを一心に浴びながら一人の青年がその手に持つ大剣を振るう。その顔立ちは未だ幼く、青年というよりかは少年と言った方がふさわしいかもしれない。

 だが可愛らしい顔とは対照的に、手に持つのは一切の遊びのない武骨さだけが目立つ大剣だ。両手で辛うじて握れるほどの太さの柄の上に大男を一刀の元に真っ二つに出来そうなサイズの刃がある。だが良く見ると、その刃の切っ先は不揃いで、碌に研がれてもいない。  大きさとみっちりつまった鉄の重さを扱うための大振りなモーションは、遠くから見ればメイスを振るっているようにも見える。

 横凪ぎに放たれた大振りの一撃は、魔法使いの放った炎三叉により足を殺された影操蜥蜴ノルウェジアンの土手っ腹にぶち当たる。斬撃というよりかは打撃に近いその一撃は、蜥蜴の表皮を浅く切りつけ、そして内側の臓器を修復不可能なまでに痛め付けた。

 衝撃から立ち直ろうと必死になって立ち上がろうとする爬虫類の隙を、男は決して見逃さない。そのまま力任せに剣を振り抜いては叩きつけ、相手に体制を整えるだけの時間も、反撃を行わせるだけの猶予も与えずに攻撃を続ける。

 そして数分が経過すると、蜥蜴は地面に倒れ臥しピクリとも動かなくなった。


「よっし、これで依頼完了だな」

「こんの……バカ野郎がっ‼」


 幼さの残る青年がガバッと後ろを振り返り、自分の仲間へと親指と立てた。良い笑顔でサムズアップする彼の後頭部を、壮年の魔法使いの男が杖で叩く。


「痛ぇじゃねぇか‼」

「獲物めちゃくちゃにしてどうすんだ‼ こいつから鎧を取るからなるべく腹回りは無傷でってのが今回の俺等の依頼人の希望なの忘れたのか‼」

「……やべ、忘れてた」

「…………ったく、だから未成年を使うのは嫌なんだ。礼儀もやり方もなっちゃねぇ」

「その分実力は高いけどな」

「自分で言うな、バカヴァンスが」


  男は吐き捨てるように言うと、そのまま少年に背中を向けた。

 どうやら蜥蜴の死体はお前が運べということらしい。必要以上に言葉を発さないことそれ自体が目の前のおっさんの優しさだと知っていた少年は、ありがとうと大声を出してからその蜥蜴の体を背中に担いだ。

 蜥蜴と大剣を背負い込むと流石にかなりの重量があったが、今いるところから街まで行くにはそこまで時間がかかるわけではない。

 少年は目を輝かせ、今晩のご飯と明日の朝御飯について考えながらなんだかんだで面倒見の良いシュイの後ろをついていく。

 未だ子供を脱しきれておらず、にもかかわらずどこか不遜な態度をする彼の名はヴァンス。

 名字もない、名前も実はない。親もなく、親戚もなく、腕っぷしだけは少しあるだけのスラムの孤児。

 彼は自分に、自国の言葉で何もないという意味のヴァンスという名を付けた。

 そして今は冒険者見習いとして、衛兵の監視の目を抜けては魔物を狩る手伝いをしている。

 少年はまだ知らない。自分が舐められぬよう口にしている俺は最強だという言葉が、いずれ現実になるということを。

 近い将来、ヴァンスという言葉が何もないという意味だけでなく、無限の可能性を意味する単語としても使われるという事実を。

 これは少しだけ昔の話。

 最強が最強になるその切っ掛けとなる、とある少年少女の話。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ