贈り物
「これが一度強く光ったかと思うと、輝く剣になった。だが戦いが終わると、すぐに戻ってしまった」
「そりゃそうだろ、聖剣なんだから。にしてもそうかぁ、とうとうお前も剣に認められるようになったかぁ」
「……初耳だが?」
「言ってねぇもん、当たり前だろ」
バルパは説明を受けようやく、自分が今まで使ってきていた剣が聖剣と呼ばれるものであることを知った。それならば自分がこれを持っていれば聖魔法が使えることも頷ける。聖剣が聖遺物でないなどというバカげたことはないだろうから。
どうやらこの剣は、スウィフトがここぞという時に使った逸品であるようだ。
「聖句はもうわかってるか?」
「なんだそれは」
「なるほど、剣基準で半人前ってところか」
聖剣はどうやら、自分が持ち主として相応しいものにしかその真の力を使わせはしないらしい。
バルパが一瞬とは言え剣を本当の姿に戻せたということは、恐らくある程度は剣に認められたのだろうとヴァンスは笑っていた。
どうやら真の使い手として認められると、頭の中に聖句という言葉が浮かんでくるようだ。それを唱えて始めて、聖剣は本当の力を発揮する。
つまりは普段の狂ったほどの攻撃力の高さと、騎士達と戦ったときの増幅効果も、未だ完全なものではないということだ。
いつかは本気のこいつを使ってみたいものだ。ふと思い立ち握りを強くしてみても、聖剣はうんともすんとも言わなかった。どうやらバルパが認められるのは、まだまだ先のことらしい。
「スウィフトが使っていたのはどんなものだったんだ?」
「あー? ……なんだっけ」
「ガリ・ディリク・ゾルだよ」
「そうだ、そんなんだった」
「ガリ・ディリク・ゾル」
試しに口にしてみても、変化はなかった。どうやら横着をさせてはくれないらしい。
気長にやっていくしかないだろう。
「よし、とりあえずこれで用事は済んだ。またしばらくしたら戻るから、その時は色々頼む」
「おー、そうか。んじゃはいこれ」
二人のもとを去ろうとバルパに、ヴァンスが何かを投げつけてきた。咄嗟にキャッチしたそれは、紫色の水晶だった。眼球のように妙に丸っこい。人差し指と親指で掴み覗いて見ると、水晶越しに二人を見れる程度には透明度が高かった。
「それを割れば俺様が一回だけ助けてやる。ま、聖剣使いになれたボーナスだと思って取っとけ」
「二回くらいは助けてやりなよ。気前が良いんだかケチ臭いんだか……」
「俺は便利屋じゃねぇからな、どうでも良い場所で使われたくないんだよ。バカお前、俺様直々のお助けチケットなんて聖貨百万兆枚はかたいぞ」
「数字に弱いことを弟子の前で披露する必要もないだろうに」
「ありがたい、大事に使わせてもらおう」
「転売すんなよ? それ一つで世界経済が崩壊しちまうからな」
「命に比べれば、金などどうでも良いさ」
「なら、よし。んじゃなー」
バルパは思いがけぬ品を受けとりながら、宿を一人出ていった。
いつ使うかはわからないが、ヴァンスに危機を知らせることが出来るのは素直にありがたい。彼は瞬間移動の巻物を持っている、もし自分が死ぬような強敵に出会ったとしても、ミーナ達を逃がすくらいのことはしてくれるだろう。そんなことがあってはダメなのだが、もしもの時の備えとしてこれ以上頼りになるものもないだろう。
色々話を聞け、価千金のプレゼントも貰えたバルパはウキウキで東門目掛けて歩いていく。
門が見え始めたところで知り合いの顔を見つめる、向こうもこちらに気づいたようで、どちらともなく歩き出していた。
「バルパ、久しぶりだね」
「アラドか、今は一人か?」
「そうだよ、今度のクエストに向けて買い物をしてる途中……」
再会した『紅』のリーダー、アラドはバルパの全身をじろじろと見回してから、小さく溜め息を吐いた。
「もしかして……また強くなった?」
「……どうだろう、常に強く在りたいとは思っているが」
そう言えば最後にアラドに会ったのは何時だっただろうかと思い出す。多分魔物の領域目指して街を去ったときだろう。当時と今でさほど強くなったという自覚はなかったが、どうやらアラドには何やら感じ入るものがあったらしい。
「うーん、大分差をつけられちゃったかなぁ……」
どこか遠くを見るような目をするアラド。確かに今の自分と彼がやれば、十中八九自分が勝つだろう。それだけのことをしてきた自負はあるし、強くならねばいけない理由もあった。
ただ彼と自分では事情が大きく異なるし、そこまで気にする必要はないように思える。
アラドは何かしてはいけないことをしたわけでもないし、迫害対象である魔物なり亜人なりというわけでもない。
普通に暮らせて、死ぬ危険がないのだから、今のペースで十分だろう。下手にリスクを取って無理矢理強くなる必要も理由もない。
「お互い頑張るしかないだろう、お互いなりにな」
「そうだね……うん、そうだ。それじゃあ、二人とも忙しいしこの辺で」
「ああ、じゃあな」
バルパはアラドと別れ、自分を待っているミーナ達がいる場所目掛けて歩き始めた。
そんな彼の背中を、立ち止まったままのアラドはジッと見つめていた。




