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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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寡黙少女の饒舌な舌鋒 2

 彼女が頭に浮かべていたのは名前が失われてしまい、最早誰もその真名を知らぬ一本の剣の話だ。

 その剣はどんな鍛冶師でも真似出来ぬ技術で作られており、決して折れることがない。

 誰が造ったのかも、何で出来ているかも失伝してしまった魔法の剣。

 勇者が持てばその真の力を解放し、あらゆる敵を倒すその剣は、今も尚聖剣として語り継がれている。

 そんな名も無き聖剣は、勇者にしか使えない。その真価を発揮させることが出来るのは、世界でたった一人きり。

 その輝きは悪を滅し、その威光は神をも照らす。

 彼女の脳裏をよぎるのは、そんなお伽噺だった。

 

 そして今、目の前に話に聞いたかのような八面六臂の大活躍をする男がいる。

 自分を助け、悪を駆逐しながら、全身から光を放つ彼は、まさしく物語の中の住人であった。

 その手に握られているのは聖剣であり、自分が死ぬところを助けてくれた勇者様は、何故あれほどつまらなそうに戦うのだろう。

 戦いのことはよくわからない彼女でも、その攻撃の一つ一つの鋭さは理解出来た。喉を裂き、首を断ち、臓物を撒き散らす男達の様子は、村娘が見るにはスプラッタが過ぎる。

 だが既に大切な何かが欠けてしまっている彼女は、その光景を自分をいじめた者達がただやられているだけだと冷静に認識出来た。

 自分にしたことを、彼らもされているだけだ。ただそれだけなのだから別段吐き気を催すようなことはないし、むしろ良い気味ですらあった。

 だが勿論、全てを冷静に見ることが出来ていたわけではない。

 彼女が戦いを見ながら気になったのは、圧倒的な力を振るう一人の男だ。

 ああ、私は助かったんだ。目の前で起こっている蹂躙を見て彼女はようやく理解した。

 颯爽と登場した人に殺されるところを救われる。奇しくも彼女の直面する現状は、昔夢見ていた光景そのものであった。 

 特に理由もなく、心が躍るのを感じた。久しく感じていなかった、興奮してお腹のあたりが熱くなる感覚。

 自分は今、奇跡を目の当たりにしているのかもしれない。そんなロマンチズムをおぼえてしまうほど、エルルの心は掻き乱された。

 ただ気がかりだったのは、助け出してくれた当の本人がどうしてちっとも嬉しく無さそうなことだった。

 さすがに自分をこのまま放置ということはないだろうから、数日は一緒にいることが出来るだろう。

 その間に彼の事が少しでも理解出来ればいいな。エルルは剣についた血を拭き取る男を見つめ、自分の未来が大きく変わったことを感じずにはいられなかった。


 彼の名前はバルパというらしい。名前がわかってすぐ、どうして彼がどこか冴えない調子なのかの理由もはっきりとわかった。

 彼はあの自分を傷つけた人達のことを考えて、自分がしたことが本当に正しかったのか悩んでいるのだ。もしかしたら私のことを助けたことを間違いだと思っていることも考えられる。

 確かに冷静に考えてみれば、エルルの命とあの集団の命なら後者の方が数が多い。数で勝負するのなら、自分を見殺しにして彼らを生かしておいた方が後々の世のためにはなるのかもしれない。

 なんていう不器用な人だろう、とエルルは正直少し不快に思った。悩むくらいなら、最初から助けないでくれと本気で怒りそうになった。自分の幻想が、現実でないことを突きつけられてしまったみたいで嫌だった。

 どうせなら殺せというほどの勢いで、上手く言葉が出ないなりに伝えた。

 少なくとも私が今こうして元気に生きていられるのは、あなたのおかげなのだと。

 自分の重いがバルパに伝わったかのかはわからなかった。だけど少しだけ、彼の態度が軟化したように感じた。

 自分が助かったことを当初はなんとも思ってはいなかったが、今は違う。嬉しいと素直に思えた。この先どうなるのかはわからないけれど、少なくとも自分の命は自分を殴った男達のそれよりも大事なのだと、そうバルパが証明してくれたから。自分の価値などないに等しいと考え、家族すら見捨てた彼女を助けてくれたということが、ただただ嬉しかった。

 自分は生きていても良いのだ。バルパが初めて話してくれた時の言葉を、エルルはそう解釈した。

 自分では自分のこと、信じられないけれど。彼が他人の命を使ってまで証明してくれたこの命、大切に使えたら良いな。

 若干のうしろめたさとそれに倍する生の喜びを感じることを、エルルは覚えた。

 そして少なくともあなたの行動に意味はあったのだと、そうバルパに教えるために、彼女は彼にくっついて自分の価値を示そうとした。

 エルルはようやく自分が、エルルという一人の人間になれたような気がした。



「出来たぞ」

「……」

  

 食事の準備を終えたバルパが、エルルを探してやって来た。少し遠く離れすぎていたけれど、彼には自分のことがわかってしまうのだ。そう考えると、少しだけ嬉しい気持ちになった。

 男の料理とバルパがいつも言っている食事は、大きな肉に調味料をかけて焼いただけの料理と言いたくないような素材任せの食べ物だ。だけど、エルルはその料理が嫌いではなかった。

 バルパは変な人だ。だからきっと自分みたいに、普通の女の子が側にいてあげないとダメだと思う。だって多分、彼はこれから何度も間違える。そしてまた誰かを助けては、良心に挟まれて身動きが取れなくなってしまう。

 そんなときに私が近くにいれば、彼は少しでも自分の行動に納得できるのではないだろうか。

 バルパを納得させるには、自分という一人の少女にしっかりとした価値があるということを認めさせなければならない。

 戦ったことなんてないけれど、それ以外の、家事なんかでは役立てるところもあるに違いない。

 余裕があれば、誰かから料理でも教わってみたいな。

 エルルはそんな風に思いながら、今日もまた不器用な男の背中を追いかける。

 彼女の瞳には、生きるために必要な活力がみなぎっていた。

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[気になる点]  自分の重いがバルパに伝わったかのかはわからなかった。だけど少しだけ、彼の態度が軟化したように感じた。 →思い
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