もご
最初にバルパの姿を発見したのは、なんやかんやで一番付き合いの長いミーナだった。彼女はキョロキョロと視線をさ迷わせバルパを発見したかと思うと、ギョッとしたような顔で目を見開いた。
何を思ったのか、そのまま土蛇もかくやというほどの速度で彼へ向かってくるミーナ。
怯えからか、エルルが肩に回している足が少しだけキュッとしまった。怖がらせてるじゃないか、これは説教コースだな。バルパは出来もしない計画を立てながら阿修羅の形相で自分目掛けて駆けてくるミーナの真っ赤な顔を見つめていた。
速度を維持するために強く地面を踏んでいるようだが、あまりに強く歯を噛み合わせているせいか時々チラチラと歯茎が出ている。歯のサイズが大きく、常に歯茎が見えているバルパは訳もなく親近感を抱いた。
「…………ぱり…………」
彼女の後ろからゆっくりと歩いてきているのはルルとウィリスとレイ、それから最近どうにも影が薄くなりがちなヴォーネである。その少し後ろにポップスを始めとする戦士達が見えるが、よく見ると見知らぬ人間の姿もある。魔力感知の反応から虫使いであることはわかった。恐らくは彼らが急遽呼び出すことになったシルル族からの援軍だろう。事件自体にはすっかりカタがついているために若干取り越し苦労な感は否めないが、その思いやりはありがたく思えた。
どういうわけか、ピリリは後ろの方にある馬車の中でジッとしているようだった。どういうわけか、彼女達も馬車を鹵獲しているらしかった。
打ち漏らしをしたとは思えなかったから、どこか他の部族へ向かった誘拐犯でも捕らえたか、もしくは襲撃者を撃退したシルル族から借り受けたりしたのだろう。
どうして出てこないのだろう、折角の再会なのに。バルパはちょっとだけしょんぼりした。
「やっぱり増えてるぅううううううううううう‼」
遠くからでも良く聞こえるミーナの声が、近づいてくるごとに大きくなる。うを伸ばしているあたりで、彼女の声は思わず耳を塞ぎたくなるほどにうるさくなった。
エルルが頭を下げてきたので、バルパはその意図を汲み取り彼女の耳を塞いだ。するとむふーと鼻を鳴らす音が聞こえてくる。どうやら満足していただけたらしい。
小さな少女と戯れていると、ようやくミーナと話が出来るほどの距離にまで近づけた。
軽く手を挙げると、彼女も律儀に手を挙げた。
礼を失するほど動転しているように見えて、実は案外余裕があるのかもしれない。
「そこは私の場所っ‼」
「いや、肩車したことはなかった気がする」
「おんぶならあるもんっ‼」
「確かにおんぶならあるな」
「おんぶしてっ‼」
「良いぞ、ほら降りろ」
エルルを下ろそうと太ももをペシペシ叩くと彼女はバルパの首をガッチリとホールドし、断固たる抵抗の意思を表明した。
バルパは仕方なくエルルの体を持ち上げ、クルリと半回転させた。自分の顔と彼女の胸部が当たるように位置を変えると、ひしと首がもげそうな強さで掴んでくるエルル。彼女はそこまで小さい訳ではないから体制的にはかなり厳しいものがありそうだったが、気にしている様子はない。
我が願い成就せりとばかりにドタドタ走るミーナが、空白地帯と化した背中に突撃を敢行。
バルパは顔と胸部にエルル、背中と首回りにミーナを抱えとりあえず静止して他の仲間が来るのを待つことにした。魔力感知で位置はわかっていたが、石や木の根の場所がわからない以上前進するのは無謀である。
バルパは何か話そうかとも思ったが、エルルの胸と顎と足のトリプルロックにより完全に音の出口を塞がれてしまっていることに気付いた。
「も、もごごごごご」
「……ひゃっ‼」
話そうとしてもエルルの着ている服が口に擦れてまともな声が出なかったので、素直に言葉を出すのを諦めることに。
エルルもなんだか調子が変なので、バルパは黙って待ち続けた。
「少しぶりですね、バルパさん」
「もご、もごごごごご」
「わひゃっ⁉」
こしょばいぞこの野郎とばかりにてしてし頭を叩かれることに理不尽を感じながら、バルパは二人が飽きるまで自らを彫像と信じこむことを決めた。
皆がバルパに挨拶を行い、彼がなんとか片手を一瞬上げてそれに応えている間も、ピリリは一向に出てくる気配を見せなかった。




