再会と別れと
バルパがエルルの笑みを初めて見た時から六日ほどが経過したところで、ようやく一行は集落跡地にまでやって来ることが出来た。
最初の一度を除けば、未だエルルの表情はドラゴンの鱗もかくやというほどに固い。だが態度は、そんな仏頂面とは対照的に積極的である。
流石に厠まで一緒にしようとすることはなくなったが、相変わらずどこへ行くにも一緒に行くんだとばかりにとてとてと後ろをついてくる。
バルパもあの一件以降、更に彼女へ気を許すようになった。時には一緒に水浴びをしたりもするようになったし、基本的に食事は彼女と一緒である。
両者の態度が変わったおかげで、女性陣の矛先は僅かにではあるが鈍った。結果的にバルパが致命的なことをしでかす前にセーフティが起動したのは、誠に不幸中の幸いである。
バルパにその気がないことを理解してからはこの行軍自体が男が女へ自らの力を見せ付けるアピールタイムのような様相を呈し始めたが、調子に乗って怪我をする人間が多発した段階でバルパが制止をかけたために大事には到らなかった。
その他にも長老が各部族の者達に今後の交渉の事前準備をし始めたり、子供がバルパのようになりたいと駄々を捏ねたために木刀で稽古をつけてやったりと、バルパ達の団体行動は魔物の出る場所とは思えないほどに終始和やかムードで進んでいった。
バルパがいれば不意打ちを受けることはないし、男達も女に怪我はさせられないと気張っている。バルパは襲撃者の確認と安全地帯の確保に回り、基本的には彼らの戦闘を見守ることに終始するようにしていた。
そして意外なことに、女達から私たちも戦いたいとの声が挙がった。どうやら間近でバルパや他の男達を見て何か思うところがあったらしい。それに恐らく、襲撃を受けた際に何も出来なかったことが悔しかったというのもあるのだろう。どうせ戦闘には基本的には参加しないのだし、彼らの面倒を見ることは無聊を慰める一助となるだろうとバルパは彼女達の願いを快諾した。
そしてバルパが女子達を教えつつ周囲の監視、男達は一番見せたい人に自分のカッコいい所を見せられないという事態が続いてから三日目、ようやくバルパ達は集落の姿を確認した。
一応消火はしておいたので、延焼や山火事が起こったあとは見られない。一部の壊された家屋を除けば、しっかりと居住区画が残っている。
バルパは辺りを確認してみたが、ミーナ達が来ている様子はない。距離から考えても自分達の方が早いことは予想がついていたので、別に取り乱したりはしなかった。
下手に捜索して入れ違いになるのも面白くはないし、何より婦女子にも戦い方を教えることの重要性の大きさも認識できていたので、バルパは彼女達がやって来るまでほどほどに捜索をすることを決めた。
バルパが集落を一度離れるまでには時間的な問題で男衆にしか教えることが出来なかったが、虫使い達はその戦闘を自らの能力に依存しないという特殊な性質がある。
彼らは魔力を媒介にして虫とバイパスを繋げ、食料と魔力の供給により虫と事実上の共生を行う。現状維持のためにほとんどの魔力を食われてしまう関係上魔法の習熟度をあげることは難しいが、必ずしも本人が戦う必要がない性質上、極論を言えば戦い手に特殊な技量が要らないのである。
攻撃を全て虫任せにする分には女子供、老人でも十分に戦闘に参加することが可能である。虫を飼い慣らすにも何やら複雑な条件があるらしく、基本的には本人が強くなるほどに強力な虫を使うことが可能なのだという。飼う虫の強さ以外の要素としては数が挙げられるが、これは純粋に魔力量に依存しているらしい。
女子供は戦闘経験がそれほど多くなく、そのために魔力量も虫の強さにも目を見張るほどのものはない。だがいざというときに戦わないことと、戦う術を持たないことは大きな違いがある。バルパは自分がいなくなるまでに、彼ら彼女らに最低限の護身術を学ばせるつもりであった。
ズルズ族は戦闘に関しては男尊女卑が強い、そして政治的な面に関しては女尊男卑が著しい。そのため男達は女を戦わせることに拒否感を示していたが、その発言の主がバルパであるというその一事により大きな反発を食らうことはなかった。
教えることによりズルズ族全体の戦力は大きく向上した、それは非常に喜ばしいことである。だが戦闘能力の向上に伴い、バルパとの密着度も上がっていくのにはほとほと困っていた。時にエルルバリアを使い、時に意味もなく全裸になって好感度を下げようとして何故かより一層熱烈なアプローチを受ける羽目になりながらも、時は過ぎていった。
そしてドタバタしながらも充実した日々が始まり五日が経過すると、ミーナ達がとうとうやって来た。
それは彼女達との久しぶりの再会であり、同時にズルズ族を去るべき時を告げる鐘の音が鳴り響いた瞬間でもある。
ピリリを送り返した今、最早ここに定住する意味はない。
バルパはミーナ一行を魔力感知で認識し、そして違和感に気付く。
何故かピリリが彼女達と一緒にいる。その意味はわからなかったが、もしかしたら最後にしっかりと別れの挨拶が出来るかもしれない。
嬉しいような悲しいような微妙な気持ちになりながら、バルパはエルルを肩車して彼女達を集落跡で歓迎することにした。




