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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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善し悪し

「まず部族がどうだとか、力関係がどうだとか、そういうことを気にしてる余裕がないことを知らしめなくちゃいけないね」

「恐らく既にズルズ族は一番強いだろう、ピリリも合わせれば言うことを聞かせることは可能なはずだ」


 もはや問題はズルズ族に限った問題ではなく、虫使いという一つの団体そのものにまで波及してきている。彼らが生きていくためには、部族の垣根を越えた団結が必要となってくるのは間違いない。

 各部族のいさかいがどれほどのものかは知らないが、とりあえず武力で言うことを聞かせれば良いだろう。どうせ直ぐに人間がやって来て、そんなささいなことで言い合っている暇はないと気付く。

 流石にあの黒ずくめや騎士達、それに倍する数の冒険者達の姿を見れば、どちらが正しいのかは嫌でも理解できるはずだ。


「それは私たちでなんとかするから良いとして……私達は出来れば人間側には行きたくないんだ」

「……そうか、俺はてっきり海よりも深い溝(ノヴァーシュ)を越えていきたいものだとばかり思っていた」

 

 人間側に行くのなら、体さえ隠していれば特段問題はない。体全身を隠しながらまともに人付き合いをするのにはそれ相応の苦労を伴うだろうが、ピリリという実例がある以上不可能なことではない。

 バルパはてっきり彼らはリンプフェルトへいくものだとばかり思っていたため、アテが外れた形になる。適当に数人ばかり馬車へ連れ込んで便宜を測ってもらうつもりで想定をしていたのが無駄になったが、それは別に構わない。

 問題になるのは彼らがとる選択肢の方だ。緩慢な死を選ぶはずはないため、実質的に残されたものはひとつしかない。


「魔物の領域に行くのか」

「まぁそういうことになるのかね、正確にはこっから行ける三つの国のうちのどれかってことになるんだろうけど」

「俺は地理には明るくない、そちらだと武力方面でしか手伝えないぞ?」

「それだけでも十分だよ。アンタの貴重な時間を使い過ぎて、後世の歴史家達にどやされないか、私は戦々恐々としてるよ」


 歴史家がなんなのかはわからなかったが、バルパはこれからのことに関して自分に出来ることはあまりないように感じた。一度しっかりと上下関係を認識させてやるくらいのことは出来るだろうが、そんなことをして要らぬ反発を招けば自分がいなくなってから大変なことになるだろう。だが魔物達は基本的には武力を尊ぶ気風がある。自分に出来ることもなにかしらはあるだろう。


「どうして人間側につかないんだ?」

「そりゃあ、これがあるからさ」


 老婆は全身を覆う外套をめくりあげ、枝切れのように細い腕と、そこに刻まれている刺青を見せた。


「呪紋、と私たちが呼んでるこれ。その性能は知っているだろう?」

「ああ」

 

 なんらかのデメリットと引き換えに体内を収納箱へ変える技術は、かなり珍しいものであるらしい。わざわざ王国と星光教が出張ってきていることからも、その重要性は窺える。


「昔、私たちのご先祖様はこれで相当に色々あったらしくてね。ズルズに伝わる童話やお伽噺は、人間を信じるなって教訓の寓話ばかしなのさ」

「お前らは人間だろうに」

「はは、そんなことを言うのはバルパだけさ」

 

 バルパは想像してみることにした。

 収納箱というものは結構な値段がすることが多い。人間の肉体に刺青一ついれるだけで同じ効果が得られるというのなら、あらゆる人間がその技術を欲することになるだろう。

 その結果争いが生まれてしまい、彼らは終われる原因になったのだろうか。

 かつての彼らの来歴の一端を知れば知るほど、人間と魔物が融和をすればそれで終わりなのではないという思いは強くなる。

 人と魔物の生存をかけた戦いが終われば人と人が争いを始めるようになるし、魔物同士も同様だろう。

 生き物が生きている限り、争いというものはなくならないのかもしれないな。バルパはもしや自分とヴァンスが本気で戦うような事態になることもあり得るのかもしれないと考え、背筋に寒気を感じた。

 彼女達が人間側につかないというのなら、やはり強さが最も重要な要素になるはずだ。

 ただそうなると虫使いの命運は、恐らく中で一番強いであろうピリリに託されることになる。にぱっと笑う彼女は、果たして本当に役目を果たしてくれるだろうか。

 いや、きっとピリリなら出来る、そうに決まっている。根拠のない確信を抱きながら疑問を解決するバルパ。その胸中を察してか、エルルが彼の腰骨のあたりをぺちんと叩いた。


「まあなんにせよ、色々と変わるだろうね。年寄りには辛いことさ」

「俺が手を出さずとも、なんとかしてくれるような仕組みを作ってくれ」

「老骨に無体なこと言うね」

「死んでも死なんくせに」

「ははっ、まだまだ死ぬには心残りが多くてねぇ」


 バルパは彼らとそれほど長い時間を共に過ごしたわけではない、最初に出会ってからはまだ一月にも満たない時間しか経っていない。

 だがそんな彼にも、これから彼らには幾多の苦難が降りかかるであろうことはわかる。日々を生き急ぐ人間は、きっと虫使い達を緩やかなままでいさせてはくれない。

 その中で何人もの人間が死ぬだろう。そのうちの誰かはきっと自分の知っている人間も入るのは間違いない。

 やりきれないな、と空を見上げる。雲一つ無い夜空には、数多の星々が宝冠のように光っていた。

 もちろんズルズ族の人間や、シルル族のピリリと関係の深い者達には死んで欲しくはない。

 だが彼は心のどこかでピリリにだけは生きていて欲しい、他の誰が死んだとしてもと、おう思ってしまっていた。

 こんな風に考えてしまうのは、傲慢だろうか。人に優先順位をつけているようで、なんだか複雑な気分になってくる。

 誰もが平等ではいられないし、誰もを平等には見られない。

 バルパはルルやミーナは自分の命と同じくらい大事だ。彼女達のためなら、自分は命を賭けられる。自分は二人を守るためなら、極論ズルズ族ですら見捨てるだろう。

 そんな風に冷静に割りきれてしまう自分が、バルパは嫌だった。

 ジッと空を見つめるバルパの手を、エルルがギュッと強く握った。

 どうやら自分の中の何かが、彼女に伝わってしまったらしい。

 バルパはなんとはなしに、その手を握り返した。そして思う。彼女は自分が打算や損得を抜きにして、ただ衝動がままに助けた少女だ。

 まるで自らの良心が人の形を取ったかのようだ、そんな風に感傷的に考えてしまうのは、星の光が弱々しいからだろうか。

 やはり自分は皆を助ける英雄にはなれない。

 冷静さで重要でないものを切り捨て、かと思えば衝動で重荷にしかならぬものを拾いあげる。

 それが良いことだとは露ほども思わないが、今のこの心根を変えてしまおうとも思えなかった。

 バルパが少しだけ握りを強くすると、エルルがスリスリと空いている方の手で彼の手を撫でてくれた。

 彼女の手のひらの温かさが、バルパの心の氷の柱をゆっくりと溶かす。冷徹な氷の心は融解し、彼の中の優しさが再び表出する。

 バルパの顔を見たエルルは小さく、本当に小さく頬をつり上げた。

 少なくとも手と心で感じる、この温かさだけは本物だ。

 エルルの温もりが、バルパの耳の奥で鳴り響いていた騎士達の声を塗りつぶしていく。

 二人が手を取り見つめ合うその姿を、老婆はニコニコと笑いながら眺めていた。

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