虚しさ
バルパが拳を振るえば、彼を優に超える恵体を持つ人間が木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいく。彼が剣を振るえば、装備も魔法も障壁も関係なく剣は肉を裂き、骨を断ち、そして命を刈り取る。
バルパは自分が、最早普通の人間としのぎを削ることが出来ないという事実を突きつけられながらも、襲いかかってくる騎士達を斬り捨てて行く。
その悲鳴を聞いていると、自分とリリアーノがやっていたことに大差などないのだということを嫌でも理解させられる。どちらもやっていることは、弱い者いじめだ。
自分には少女を守り、ズルズ族を守り、且つ自分とミーナ達を守るという大義名分があるだけで、その本質は何も変わらない。
正義などという曖昧な基準は、バルパに何ももたらしてはくれない。だからこそ自分が正しいと思ったことをするしかない。
戦っているのに血湧かなかった。ただ操られる人形のように機械的に、バルパは男達を一人また一人と斬り殺していく。ドルディアが一騎討ちで破れたからか、彼と一対一で戦おうとするものはいなかった。だがたとえ束になってかかってこようと、結果は変わらない。
騎士の誇りなど捨てたのか、途中からは幌の上でぺたんと座り込んでいる少女を皆が狙うようになった。バルパは少女に今はもう滅多に使わなくなった緑砲女王を手渡し、その盾の影に隠れているようにと伝えた。
縮こまりながら隠れている少女の装備が魔法を跳ね返すとわかり近距離戦闘に出ようとする者が出始めたが、自分から注意を逸らした前衛など良い的でしかない。
戦いを始めて数分もすれば、倒れ伏している人間が立っている人間を越えるようになっていた。
ポーションを持っているからか序盤の粘りには見るべきものがあったが、バルパがしっかりとトドメをさすようになってからはその勢いは完全に消えてしまっている。
誰かを守るためには他の誰かを犠牲にする必要がある。そんな当たり前の世界の摂理が、バルパにのしかかる。
だがその切っ先は、僅かも鈍りはしない。
彼は守る覚悟を決めている。それにより失うものがあることも、得られないものがあることも、既に理解している。
もちろん思うことはある。もしもを想像することもあれば、過去の自分を叱咤したい気分に駆られることもある。だが止まることは、もうしないと決めている。
自分はもう一人ではない。自分の体はもう、自分一人の物ではないのだ。
だから迷っても、前を向く視線だけは揺るがない。
バルパは輝く剣を振るう。剣は物を断つ度に切れ味が上がっているように感じられた。
身体能力の向上は流石に頭打ちになっているが、それでも最高値を維持し続けている。
体の光は、徐々に増している。最初の頃に気付かなかったのが嘘であるかのように、今のバルパの全身は淡いペリドットに光り輝いていた。
「お、お前は…………」
気付けば立っている人間は五人にまで減っていた。決して揺れぬ鋼の心を持ちたいと思っていても、やはりそうすぐには変われない。心を殺そうとすれば動きに僅かな無駄が生じる。これではいけないと自分を戒めていると、不意に声を聞いた。
兜をしており顔は見えないが、その声には聞き覚えがある。
ドルディアに文句を垂れていた、若い青年らしき人間の声だ。名前は確か……
「セクレティアと言ったか」
「敬称を付けろっ‼ 冒険者風情が、図が高いぞ‼」
聞き捨てならぬ言葉が出たため、思わず戦いの手を止めるバルパ。残る四人も何を思ってか、その剣を下げた。降参をするつもりなのだろうか、となんとなく予想した。
「なぜ俺が冒険者だと?」
「いい加減にしろっ、この腐肉浚いが‼」
まともな会話が出来ないことに薄々気づいたバルパは、一瞬のうちにセクレティアの背後を取った。そのまま肘にある鎧の継ぎ目に剣を当て、革ごとその関節部を薄く裂いた。
「答えろ、さもなくば殺す」
「ひぃっ‼」
気を抜いた訳でも、気勢が削がれたわけでもない。ただバルパはここに来て、自分が先ほどまで好き勝手やり過ぎたことのツケを払おうとしているのだ。
黒ずくめ達を相手にしていたときは、情報などよりズルズ族の皆の命の方が重要だった。騎士達を相手にしていた先の戦いは、少しばかり私情で冷静さを欠いていた。
バルパは敵の背後を洗わねばならない。それだけでなく遠隔地とのやり取り、ウィリス達の捕獲方法や再襲撃の可能性。更には王族を殺した咎や自らの罪が露見する可能性についてや、黒ずくめの正体や似た形の魔法の品が大量に存在している理由。必ず聞かねばならない情報だけでもかなりの数がある。優先度の低いものならば更に多くの数がある。
何をするにしても情報を得ねばならないだろう。聖魔法では解毒が出来ないため、服毒をされればおしまいだし、解毒剤があるとも限りない。
人間は良く嘘を吐く。彼が口にした言葉が全て正しいとは思わない方が良いだろう。
だが幸いなことに、事情を知っていると思われる人間はまだ五人いる。
助命をチラつかせ、情報を吐き出させるか。
頭に血の上りやすいことがわかっているセクレティアあたりから情報を得るのが無難だろう。
バルパは滔々とした口調で、がなりたてる男から有益な情報を得られるように会話を誘導していった。




