二元論には程遠い
「お前達に一つ問いたい。お前らはこの男の部下なのだろう? ズルズ族の襲撃も、この少女のことも、本当に何とも思っていないのか? 騎士とは、その程度の存在か?」
「戯れ言を、冒険者風情が偉そうにっ……‼
部下の男ががなりたてようとするのを制したのは、やはりドルディアだった。その顔色に少しばかり気まずさが見えたことで、バルパは彼もまた何らかの問題を抱えていることを理解した。
「……人に関して言えばなんとも思わないではないさ。だが何を考えたとしても、それを口に出してしまえば物理的に首が飛ぶ。だがやはり私たちにも守るべき物があるのだ」
「こいつを諫め、その言動を正してやれる機会など幾らでもあっただろう? お前ならばわざわざ殺されるのを待たずともこいつに言うことを聞かせてやることが出来たはずだ」
「家族に迷惑がかかる」
「それなら家族ごと守るべきだろう。迷惑をかけられない家族ならいない方がマシだ」
「手厳しいね、こりゃ」
「おいドルディア、貴様の発言のその一言一句を、俺は忘れないからなっ‼」
「はぁ、忘れようが忘れまいがもう関係ないでしょうけどね」
ドルディアの顔は先ほどまでと比べると少しだけさっぱりとしている気がした。
やはりこの男は、悪い奴ではない。主義主張は合わないし、きっと最も大事な部分で自分とは相容れない存在であるのが、かえすがえすも惜しかった。
だが先ほどまでと発言の内容に矛盾が生じていると感じた。
人を人とも思わぬ彼と今の彼、一体どちらが本物なのだろうか。
「ドルディア、父上に言って貴様の一族郎党を路頭に迷わせることも簡単なんだぞ?」
「そうですね。ですが恐らく、俺たちをバルパが皆殺しにすることの方がよほど簡単だと思いますけどね」
「どういう意味だ? 小隊とはいえ第三軍から引っ張ってきた生え抜き揃いだろう、現に奴を防戦一方に押し込めているではないか」
「殴るばかりの子供は、殴られる人の痛みを知らない。そういうことです」
「おいドルディア」
何やら問題を起こしている二人に割り込むようにバルパが割って入る。
「さっきのお前と今のお前、どっちが本物だ?」
「どっちもさ、坊主憎けりゃ袈裟までとはいかなくとも、そちらさんに色々思うところがあるのは確か。だが可哀想だなと思うくらいの同情心もあるし、そんなものを未来のために押し殺せるくらいの分別もある」
「急に言葉が固くなくなったな」
「こっちが素さ。人間死ぬ前になると、着飾ろうという気持ちも湧かんらしい。ほれ、殿下はやろう」
ドルディアはあろうことか彼に背中を向けているリリアーノを抱えあげ、バルパめがけて放り投げてきた。バルパがそれを避けると、リリアーノは無様に地面を転がっていく。
「おい、俺達は外で待ってるぞ」
「ど、ドルディア卿‼ 一体何を‼」
「良いから行くぞ、外で最後に少しばかりひっかけることにしよう」
ドルディアは困惑する騎士団をまとめて、ドンドンと森の奥の方へ進んでいってしまった。勿論反対意見も多かったし、明らかに渋るような態度を見せている者も多かったが、他の者が殴ったり昏倒させたりしていたおかげで特に問題はなく彼らの後退は進んでいった。
リリアーノは何が起きているかわかっていないのか、その様子をぼうっと見つめるだけだった。こいつ、人望ないんだな。下手に良い奴でない分、都合が良いか。バルパは呆けた様子で座り込んでいる男を小さく蹴り上げた。
バルパは彼の行動原理が全く理解できなかったが、とりあえず現行犯であるリリアーノを自由に出来るのだからそれで良いかと気を取り直した。逃げ切れる訳がない。こいつをなんとかしてからでも彼らへの対処は十分に間に合う。
「おいリリアーノ」
「ひ、ひぃっ‼」
先ほどまでの威勢はどこへやら、立ち上がった彼はブルブルと震えるだけでまともな返答が期待できそうにないレベルであった。
「お前が楽しかったと思うことを、そっくりそのままその体にしてやろうか?」
「や…………止めろっ‼ そんなことをしたら、父さんがお前を殺すぞっ‼ お前だけじゃない、お前の周りにいる人間達全員もだ‼」
「……駄目だな」
バルパはそれ以上何を言うこともなく、リリアーノの首を綺麗に切断した。
醜い男の懇願を聞くのも、そんなことに時間を費やすのも、バルパは嫌で嫌で仕方なかった。
「時間が勿体無い、耳が腐りそうだ」
お前は彼女の言葉を聞いて止めたのか? そもそもそれが人にものを頼む時の態度なのか? バルパは彼に怒鳴りたいことがいくつもあったし、八つ当たりしてしまいたいという気持ちもかなり強かった。
だがこいつの出す雑音は聞くに堪えない。
少なくともミーナとルルに面倒をかけるつもりが無い以上、既に彼らを逃がさないことはバルパの中で確定事項になりつつある。
バルパは驚いた顔で胴体と泣き別れしているリリアーノの首と、だらりと力なく地面に倒れこんでいるその身体を無限収納に入れてから、遠くにいるのだろう騎士団目掛けて歩いていった。
相手が悪者だけでないということが、なんだかやりきれなかった。




