忠誠の方向 2
「騎士は公明正大にして謹厳実直でなければならない、そうだろう?」
「ああ、我らは王の名の元に公明にして正大である」
バルパはいくつか話を聞いただけで、なんとなく彼らの思考回路がわかるようになっていた。
彼らの場合、何よりも高い位置に王がいる。そして王から慈悲を受けて自分達が自由を貰い、その中の裁量で公正な判断をするというのが彼らの考え方なのだ。
そして騎士が守るべき者は王の所有する土地で暮らす民、民も土地も全ては王の財産であり、守らねばならぬ庇護の対象である。
バルパは王国の歴史を知らないし、騎士というものがどういう存在なのかが各国によって違うのかもわからない。だが恐らく、どこも似たようなものだろう。バルパは目の前の男の話を聞いてそう思った。
強い者から与えられた剣で弱い者を助ける。それは一見強者と弱者の橋渡しをする理想的な人間であるようでいて、真逆の実態を持っている。
騎士は王の名の元で騎士道を守る、つまりそれは言い換えれば彼らの道も精神も、全ては王の一言により揺れ動く程度のものでしかないということだ。
弱者を守るはずの騎士のしていることは、金で雇われた用心棒と大差ない。上の都合の良い人間だけを助け、そうではない生き物は王の守る範疇に無いが故に守る必要がない。
なんだそれは、そんなものが騎士なのか。
騎士道精神とは平等で、弱きを挫き、強きにおもねらない騎士の在り方を差すものではなかったのか。バルパには、彼らの来歴も、本当の考えもわからない。ドルディアはもしかしたら本物の騎士道精神を持ち、それを王により押さえつけられているだけなのかもしれない。ここにいる騎士達は全員気の良い奴で、王の剣として働いていなかったならば、共に飯を食い和気藹々と話せるような人間達ばかりなのかもしれない。
だが今、自分と彼らとの間には隔絶した空間が広がっている。バルパはそれをいやというほどに自覚していた。押しても引いても通り抜けられない壁のような何かが、彼らと自分との間に横たわっているのを理解せざるを得なかった。
自分達が話している議題は全く同じもののはずなのに、バルパはまるで話が通じないかのような感覚に囚われた。
どこかで折り合いを、着地点をつけることは出来ないのだろうかと考えながら言葉を選ぶバルパ。
「魔物の領域にいる人間は多い。彼らが王国に忠誠を誓えばそれは王国民として庇護すべきではないだろうか?」
「否だ、魔物に与している時点で彼らは魔王の手先、神の手足として統治を行う王が庇護するに相応しい人材ではない」
「誰しも間違いは存在する。弱者であれば間違えなければいけない瞬間もある。それならば広い度量で、彼らの間違った選択を正し、正しい道へと導いてやることこそが肝要なのではないだろうか」
「それには是と答えよう。王には民を富ませ、地に満ちさせる義務がある。その義務のために必要となる人材が悪心を持つ過去があるのなら、彼らは我らに奉仕という形で贖罪を行う必要があるだろう。神の思し召しがあれば、改心し人へと戻り、健やかな生活を行うことも可能だ」
「その奉仕が首輪をつけ自ら物品として扱わせることなのか?」
「然り」
「話にならんな。彼らは物ではない、考える生き物だ」
「思考能力があることと奴隷にならないことに相関関係はない」
「そうだな、そういうことにしておこうか」
結局のところ、バルパとドルディアの意見は平行線だ。
ドルディア、つまりザガ王国お抱えの騎士団員は、どこまで行ってもザガ王国の騎士でしかない。王命の前で歪む騎士道。神の名のもとに正当化される数々の行為。人を人とも思わぬその所業は、バルパが聞き及んでいた騎士のそれとは到底結び付かない。
彼らが剣を捧げる相手は王であり、そして王が認めた民である。それ以外のあらゆる者へその切っ先は向けられる。今回はそのターゲットがズルズ族を始めとする虫使いだったということなのだろう。
弱きを助ける騎士道精神はそこにはない。彼らの中にあるのは、弱いと王が認めた人間を弱いと思い込み、疑義を抱かぬ狂った信仰だ。
バルパが想像し、少しばかり憧れていた姿とは似ても似つかない。強者に追われる者を守るためになら王にだろうと噛みつき、神すらも殺そうとするだけの気概が、彼らからは感じ取れなかった。
その冴え渡る剣技をふるう相手は自らを越える強者ではなく、都合良く敵性認識された弱者なのだ。
少女がボロボロになっている時点で気付くべきだった。いや、あるいは気付いた上で気付かないふりをしていたのかもしれない。
現実の醜さを直視することは、いつだって気が進まない。
人間により歪められた社会の歪みのせいで誰かの笑顔が悲鳴に変わるなどということが、事実であって欲しくはなかった。
もはや交渉や談合ではどうにでもならないと、バルパは現状認識を改めた。
彼は今まで、優しい人間と出会いすぎた。であるがゆえに人間の良心というものに期待するクセができてしまっていた。
バルパはわかっているはずなのに、次こそが本当の最後の機会だと考えながら縋るような声音でボロ剣の切っ先をとある方向へ向けた。
「あの少女が痛め付けられている間、お前は一体何を思った?」
「……痛ましいなと、そう思って……」
「嘘だな、とりあえずこいつの右耳を落とすことにしよう」
バルパは偽りに報いをと人質の男の耳に躊躇なくボロ剣を差し込んだ。半分ほど耳が千切れたところでドルディアが慌てたように言い直す。
「ま、待ってくれ‼ 殿下をこれ以上傷つけるのだけはっ‼」
「ならば正直に言え。次に嘘をつけば切り取った耳をこいつに食わせるぞ」
バルパの本気を感じ取ってか、ドルディアは一瞬考えこんだ様子を見せてから、恐る恐るこう言った。
「正直な話……どうとも思わなかった」
「…………」
バルパは彼が嘘を言っていないことを理解した。
そして理解した瞬間、バルパは気付けば人質の男を放した。呆けた様子の男を放置し、意識の戻らぬ少女の軽すぎる体をそっと抱き上げた。
バルパが全身から放つ輝きが、一際強くなった。
そしてバルパはもう、我慢することを止めることにした。




