忠誠の方向 1
彼らに聞かなければいけないことはたくさんあった。今回の襲撃計画の立案、背後にいる人間のこと、魔物の領域に侵攻している者達の進捗状況等いちいち挙げていればキリがないほどには多い。
だがバルパの口から出てきたのは、そういった彼らではなく彼らの後ろの何かを探る言葉ではなかった。
「お前らは、騎士か?」
「……そうだ。話をするのならばその高貴なる御方を、解放してくれればスムーズに行くと思うのだが」
「質問に答えれば解放しよう。その後逃がすかどうかは別としてな」
「貴様、ドルディア卿に対しそのような口をっ……」
「黙れセクレティア、お前が口を利いて良い場面ではない。次間違えれば物理的に首を飛ばすぞ」
「…………わかりました、すみません」
「……身内の不詳は自分が誠心誠意答えることで相殺してくれると嬉しいのだが」
「構わない」
先ほど周囲の面々を一喝で黙らせた男は周囲に手振りで何かを示すと、ずいと前に出てきた。周りの人間が動く様子はない。バルパはそれを一対一で話をしようという意思表示だと受け取った。
騎士達は基本的な装備は統一されていても、兜や鎧に刻印されている模様はそれぞれ違う。男は胴の右側のあたりに竜を彫った鎧を揺らしながら、周囲の者のものよりほんのり青い兜を脱ぎ捨てた。
その金髪と端正な顔立ちが露になりようやくその瞳を見ることが出来たので、ジッと自分を見つめている彼とバルパは視線を合わせることが出来た。鳶色の瞳には清廉さが宿っているように見え、バルパは目の前の男が紛れもない騎士であることを直感的に感じ取る。
男の年齢は三十前後、魔力量で言えば彼よりも多い者は何人かいるが、彼が話をしても文句を付けるような人間はいない。
魔力ではなく素の能力と技術で戦うタイプだろうと推察出来る。速度で圧倒し向こうがこちらを手玉に取るようなムーブが出来ないよう気を付ける必要があるかもしれない。
騎士然としてリーダー格の騎士は歩く度に首を小さく動かした。男にしては長い髪が邪魔にならないようにこまめに手櫛をする様子は、鎧越しでもわかるたくましい肉体を見なければ女と間違えそうなほどだ。
アラドを筋肉質にして、顔だけを女に似せたようなタイプだとバルパは自分の数少ない人間のレパートリーからなんとか彼のことを類型化した。
その背筋はまっすぐで、しゃなりしゃなりと歩く様子は歩行に関する特別な教練を受けているであろうと想像させるほどに優雅なものであった。
騎士というものは歩き方一つ、食べ方一つに気を遣わなくてはいけないと言っていたのは、妙に騎士に一家言がある様子のピリリだ。彼女の笑顔を脳裏に思い浮かべ、バルパは激発しそうな自分の心をある程度正常に近い状態に持っていくことが出来た。
「それ以上近づけばこいつの耳を削ぐ。それから一歩ごとに右目、左目、心臓の順に潰す」
「わかった」
男はそれ以上なにも言わずに歩みを止めた。バルパは彼の後方でなにやら言いたそうな様子の先ほどの若い騎士を努めて無視することにした。
「私の名前はドルディア、姓もあるが気軽にドルディアと呼んでくれて構わない」
「俺はバルパ。勝手に話し始めるな、以後会話を切り出すのは俺だ。主導権がどちらにあるのかを忘れてもらっては困る」
「これは失敬、会話を仕切りたがるのは性分でね。気に障ったのなら謝ろう」
バルパは自分が弁舌に秀でていると思ったことは一度もない。論理的に思考をすることは彼の得意とするものの一つではあったが、ゴブリンと人間の論理は違うためにそれは会話や弁論においても優れているということと同義ではないのだ。
下手に会話をして譲歩を引き出されることも、もっと言えば言質を取られてしまうこともバルパは嫌だった。
まだ彼は目の前にいる人間達の処遇を決めたわけではない。下手な事を言ってこれからさきの生を脅かされるような事態になることは避けたいというのが彼の本音である。何かミスをすれば皆殺しにすれば済む話ではあるが、隷属の首輪のような契約に従い発動する魔法の品を知っている分、下手な行動は慎むべきだと判断している。言質を強制履行するような魔法の品がない、とは言い切れないからだ。
バルパは何を聞こうかと考える。聞くべき事柄に優先順位をつけることは出来たが、それらをすっ飛ばしても聞きたいことを素直に訊ねることにした。
「貴様は一体、何に剣を捧げた?」
「我らの剣はザガ王国が王へ、そして王へ帰属する国へと捧げられている」
「その忠誠により守るべきものとは一体どこまでがその範囲に入る?」
「王国に住む人民の全ては国王の財産である。故に王を守護する我らは王の所有物たる彼らを保護する責務を負っている」
「物、財産…………魔物は人に非ず。まったく、ヘドが出るな」
「……失敬、良く聞こえなかった」
「なんでもない」
吐き捨てるように呟いたバルパを見て、ドルディアと名乗った騎士は怪訝そうな顔をした。彼はバルパの琴線がどこにあるかわかっていないのだろう。それを咎めるつもりもなかったし、既に今の一言でバルパはこれからの行動の指針を決めかけていた。
バルパが左手で掴んでいる男の襟を思いきり掴むと、男の首元が音を立てて破れる。
ヒッと情けない声をあげる男を無視しながら、バルパは目の前の騎士然とした男に質問を続けることにした。
彼の指先が小さく震えていることを理解していたのは、その影響をモロに受けていた捕獲中の男だけであった。




