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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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問答

「彼女に毒か、それに類するものを使ったか?」

「い……使ってないっ‼」


 恐らく目の前の人間がこの襲撃団でもっとも偉い人間なのだろうということは想像がついた。しかしバルパは、彼の前後関係を聞くのではなく、彼の所業について尋ねた。

 これからのことを考えるより、今目の前の少女のことを。バルパは自らの判断が最適解でないことを理解しながら、切り取られた男の足の付け根を軽く小突いた。

 まだ完治にはほど遠いからか、男か歯をカチカチと噛み合わせる音が聞こえてくる。まるで汚い羽虫が羽を擦り合わせているようで、バルパの期限は一層悪くなった。

 彼から話を聞きその行動を検分しても、少女は純粋に痛めつけられただということがわかるだけだった。

 つまり自分に打てる手はないということであり、このまま時間が過ぎ行くのを待つことしか出来ないということをバルパは改めて突き付けられた。

 下手に苦しむようならいっそ、自分が介錯をしてやるべきだろうか。バルパは眠っている彼女の様子を見るが、彼女が苦しんでいるようには見えなかった。

 長い黒髪を血と汗で顔にへばりつけている少女は、まるでこの世の全ての苦しみから解放されたかのような安らかな顔でただただ眠り続けている。

 下手に苦しんでいない分、やりきれないという思いは強くなった。

 手は出せず、彼女は目覚めず、自分にはなにもすることが出来ない。

 見ず知らずの少女に、自分はどうしてここまで肩入れをしているのだろう。

 自分が殺した罪もない人間と同じ種族の彼女を、自分はどうしてここまで気にしているのだろう。バルパは不思議に思いながら、ズリズリと芋虫のように這って逃げようとする男の背中を芦浦で押さえつけた。

 彼女がピリリやミーナと同年代の少女に見えるからだろうか、それもあるだろう。

 彼女が悲劇的な目に遭っているからだろうか、それも正しいだろう。

 彼女にピリリやズルズ族の皆の末路を重ねているからだろうか、間違いとは言えない気がする。

 だがどれも正しくはあっても、絶対の正解とは思えない。

 バルパは燃え盛る心とは裏腹に、ただただ冷たい瞳で目下圧死しかけている男の方を向いた。軽く蹴りあげて仰向けにさせて、自分と目を合わせるように指示を出した。


「彼女の名は、何という?」

「し、知り……ません」

「痛めつけるのは、楽しかったか? 殺されたくなければ、正直に答えろ」

「……楽しく、ありませ……」


 ギロリとバルパが睨むと、声すら出さずに男は慄いた。

 彼の胸の奥から無理矢理に本当の答えを引き出そうとしていると、敵の接近に気付いたバルパは小さく舌打ちをした。

 外から騎士達が大挙して殺到しようとしているのがわかったからだ。

 いくらなんでもくるのが遅すぎる気がするが、外の騎士達の気持ちもバルパにはわかる気がした。

 彼は誰の下につくきもなかったが、もし誰かにつくとしたら、こんな人間には仕えたいとは思わないだろう。

 どうやら目の前の男は、自分が感じているような外道であるらしい。組織内での求心力は決して高くないと見える。

 バルパとしては少女を抱えてこの場を脱しても良いのだが、そうすればこの男を酷い目に遭わすことが難しくなる。こいつを殺して脱出することも可能だろうが、これだけのことをしでかした男への対処が殺すだけというのは生ぬるいように思えた。

 騎士達を寄せ付けずに皆殺しにすることも可能だろうが、彼らの決死の覚悟の攻撃で男を逃がす隙を作られても面白くない。逃げて自分を撒くことは不可能だろうが、途中で決死の覚悟で自死を選ぶ可能性もゼロではないだろう。

 どうするべきか一瞬だけ悩み、バルパはぶつぶつうわ言を呟くだけの男を脇に抱え、その半身を表に出した。


「動くな、動けばこの男を殺す‼」

「…………全体、止まれっ‼」


 バルパの言葉に一斉に動きを止める騎士達。その規律だった動きを見ると、先ほどまでとはまた違った感情が湧いてくるのがわかった。

 秩序だった行動、一挙手一投足に至るまできっちりとしたその所作。彼らはバルパが聞いた話から思い描いていた騎士そのものだった。

 その実直にして優美な動きが、一体なんのためにあるものなのか。

 彼らが忠誠を仰ぐものは一体どこの誰なのか。

 疑問、怒り、やるせなさ他人へ向けるものから内へ向かうものまであらゆる感情をごちゃ混ぜにしながら、バルパは男を掴む左手に力をこめ、そして右手で握っているボロ剣で男の顔面を薄く裂いた。


「お前らに聞きたいことがある」


 情感のこもったバルパの言葉は、大して声を張っていないにもかかわらず、彼らの耳へしっかりと届いた。静けさの支配する森の中に、一音一音をはっきりと発音する彼の問いが響いた。

 バルパの握るボロ剣が薄く発していた光はその柄を伝い、バルパ自身をも光らせ始める。騎士はおろか激情に荒れ狂うバルパすら、その事態に気づくことはなかった。

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