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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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汚い

 剣と体で強引に切り裂いた幌の奥では、バルパが想像してい光景が展開されていた。

 こじ開けられた視界の先には、四人の人間がいる。

 一人はバルパが遠目で確認し、近付き、こんな風に無策な突貫を敢行する理由を作った年若い男だ。装備は側で控えている二人の騎士のそれと全く同じか、少し上等なものだが、どちらかというと鎧を着ているというよりかは鎧に着られているという感触を受ける。

 そしてそんな騎士未満の男の隣では、闖入者に対応しようと試みるだけの瞬間的な判断力のある二人の騎士が立っている。着けている兜が少々意匠を凝らして作られているように見えるのは、彼らの立場が他の物よりも高いことを示しているのだろう。

 そして子守りをする大柄な騎士二人とその側で驚いている男のすぐ下を向き、バルパは一瞬我を忘れそうになった。


 そこにいるのは、恐らく少女だ。少女であると断定が出来ぬほどに変容してしまっているが、その着用しているスカートと長い髪から考えると、少女だとしか考えられない。

 赤く綺麗だったのだろうスカートと上着は、赤黒い血で汚い色合いに染め直されている。

 全身という全身から血を流しており、あらゆる箇所に出血が見られる。

 動脈を掻き切られているにもかかわらず大した勢いもなく血を垂れ流している腿、各関節を執拗に傷つけられている手。意図的にめくっているのであろう皮膚の内側からは、血と白い脂が混じり合い凄惨な色合いを作り出している。

 特に酷いのは顔で、パーツを見分けることが出来ぬほどにパンパンに膨れ上がってしまっている。所々が鬱血して青くなっており、青あざと内出血とで所々が赤と青に変色している。

 唇の上半分は膨れ上がり、そして下半分は切り傷をつけられて小さく萎んでいた。

 だがバルパが一番酷いと感じたのは、強引に作り出された裂傷ではなかった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 聴覚を強化していなければ聞き漏らしてしまうほどのか細い声が、彼の耳に届く。

 少女は生きている、そして意識を保ち続けているのだ。深い傷が出来れば痛みのショックで気を失うような少女が、今もなお声を発し続けている理由など一つしか考えられないだろう。

 この男は、無理矢理少女を覚醒させているのだ。おそらく痛みで気絶するたびに、それに倍する痛みで少女に意識を取り戻させ、痛めつけ続けたのだ。

 何度も何度も、彼女の声に耳を貸すことなどなく。そしてきっと、その声すらも自らの快楽へ変換させながら彼女のいたいけな体を弄り続けたのだろう。

 素直に殺してやっていたのなら、それもまた世界の摂理だと受け入れることが出来ただろう。やりきれない気持ちはあれど、納得することは出来たに違いない。

 バルパは本当に一瞬ではあるが意識を失った、そして覚醒した時には既に男のお付きの二人の素っ首を落としていた。

 まるで自分の体が自分のものでなくなってしまったかのようだった。怒りという概念に体を突き動かされるような感触は、初めての経験だった。

 バルパは魔法抵抗の高い布で彼女の背を覆ってから、その小さな体をそっと持ち上げた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 同じことを繰り返し繰り返し言うだけのその姿は、およそ人だとは言えないほどに醜いものへ変わってしまっている。

 バルパが抱えたその少女の体は、信じられないほどに軽かった。恐らく血を失い過ぎているのだろうが、大きな棒切れを持っているような感触しかなかった。

 バルパは一度男から距離を取ると、少女の服を無造作に剥ぎ取った。そして全裸になった少女の体に、無限収納から取り出したポーションをかける。

数など気にせずに、何個も何個も取り出しては少女の全身にかけていった。

 切り傷は癒え、創傷は消え、鬱血した箇所の血流は正常になった。

 膨れていた少女の顔も元に戻り、目に見える傷は全て治ったように見える。

 だが少女は眼を開かなかった。まるで世界を拒絶するかのように、治った両手をきつく結び、うわ言のように謝罪を続けている様子は、見ているだけで痛々しい。

 小さく頬を叩いてみても、反応は無い。そしてついに少女は謝ることすら出来なくなり、ただ沈黙するだけになった。

 意識を失ったまま、少女は何も話さない。傷は治っているはずなのに、彼女が意識を取り戻す様子は見られなかった。

 治療の専門でないバルパには、その原因の詳しいところはわからない。だが漠然とした予測ではあるが、彼女は血を流しすぎたのではないかと考えた。

 ポーションで治らない以上、バルパにはお手上げだ。無限収納に一縷の望みをかけたが、望む物品は出てこなかった。

 ルルに会えれば彼女ならなんとかしてくれるかもしれない。そうやって考えに耽るうち、少女の呼吸は目に見えて小さくなっていく。

 残された時間は決して多くはない。ルルに会いに行くだけの時間的余裕はなさそうだった。

 打つ手なし、その言葉がバルパの脳内を埋め尽くす。

 少女はもう助からないだろう、心のどこかで理性的に呟く自分を、きっと手立てはあるともう一人の自分が否定する。

 だが心情的なものを除き冷静に考えれば、彼女が助からないのは明白だ。

 ポーションを無駄遣いしたとは感じなかった。彼が感じたのは、何も出来ない自分への無力さだけだった。

 死んだように眠る彼女の体からは、弱々しい拍動が感じられた。まだ生きている、そう考えながら少女の顔を覗きこむ。

 彼女は丁度ピリリとミーナの間程度の年かさに見えるというのも、彼の心を著しくささくれだたせた。もしどこかのボタンをかけ違えていれば、こうなっていたのはピリリだったかもしれない。そう考え、目の前の少女のことを疎かにしそうになる自分を、殴り殺したい衝動に駆られた。

 状態は完全に戻っているはずだというのに、どうしてかバルパは彼女のその表情の中に諦観のような何かを見たような気がした。

 彼女は何を思い謝り続けたのだろう。何度謝っても言うことを聞かず、それどころか嬉々として彼女を痛めつけた男に一体何を思ったのだろう。

 そう考えているうち、バルパは足音を聞いた。 

 死んだように眠っている少女から顔を上げてみれば、そそくさと幌を出ようとしている男の姿がある。 

 バルパはそっと少女を地面に置いてから、足音を立てぬよう気をつけて歩いているらしい男の右足を切り落とした。


「あぎゃああああああああ‼」

 

 痛みに喘ぐ男を、バルパは冷めた心を通してじっと見つめていた。

 こんなことをしても少女は救われないとわかっているのに、とりあえず怒りを目の前の男に向けている自分の卑しさと、あれだけのことをしておいてまだ逃げられると思っている男の面の厚さにヘドが出そうだった。

 バルパは数合わせのポーションを彼に使い、男の足の出血を止めた。

 少女にしたことと全く同じことを男に施してやっても良かったが、それでは彼と同列にまで落ちてしまう。

 バルパは痛い、助けてくれと泣き叫んでいる男を見て、冷静さを失いそうになっているのを自覚した。そしてそれを理解した上で、男と話をすることに決めた。

 目の前の男がやったことの次第によっては、少女を助けられるかもしれない。そんな可能性が極小であることをわかった上で、彼は男に話を切り出した。

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