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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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即断即決

 残る敵方の人間達は一つ、そして現在倒した黒服達は計五十人ほど。表に出ているだけで五十五人ほどいたことは確認していたから、少なくとも黒ずくめの男があと五人はいるということになる。

 最後の集団の人数は、合わせて三十人近い。幌の中で密集してはおらず、あたりに散らばりながら時々魔法を使用している。中に黒服の予備戦力が隠れていたのか、それとも幌の中で待機していた本命の者達が危機を察して前に出るようになったのかはわからない。だが魔力から察する限り、集団のうちの五人以外は魔力量がバラついている。その奇妙に揃った魔力持ちの五人は間違いなく黒服だろうし、残る二十四人は黒服ではないのだろう。

 時間に換算すれば一時間前後でそれほど戦闘を続けていたわけではなかったが、全く同じ見た目で全く同じ技を放ってくる人間達を相手に戦い続けることは想像以上にバルパの精神力を削いでいた。もしやあれだけ均一化させているスタイルは精神の摩耗を狙ったものなのだろうか、バルパにはそんな風に考えてしまうのも無理なからぬことである。

 ズルズ族の面々を一人残らず助けられたことは、バルパの心の中にあったわだかまりをある程度解消してくれた。

 間に合ったか間に合ったかで言えば確実に間に合ってはいない。彼らが誘拐の憂き目にあったのは自分の責任だとバルパは思っている、少なくとも兆候を見逃し、先々までの明確なビジョンを抱かず非効率な行動をとっていたという自覚が彼にはあった。

 彼ら、彼女らが一体どんな目にあったのか。それをバルパは聞いてはいない。そんなことをしている時間が勿体なかったし、そして聞いても面白くないことなどわかりきっていたからだ。

 一体何があったのか、人間達の不可解な行動の理由を知るという意味では聞かせてもらえばありがたいとは思うが、無理に聞き出そうというつもりはバルパにはなかった。だがなんとなくではあるが、パルマあたりは教えてくれるような気もする。もし彼がある程度折り合いをつけ、話してくれるのならば喜んで聞こうではないか。 

 バルパは決して逃がさないよう相手集団の位置取りを確かめながら、そんなことを考えていた。

 

 黒ずくめ以外の人間達の魔力量は決して多くはない。ウィリスやヴォーネよりも数段劣る程度の量しか感じとることは出来ない。

 だがそれはバルパが彼らを蹂躙することが出来るということと同義ではない。魔力感知が万能ではないという事実をしっかりと心に焼き付けているバルパは、奇襲を敢行すべきか考えあぐねていた。

 彼らは自分が魔力感知を持っていることを知っていても不思議ではない、というかバルパがいなくなったところを見計らって襲撃をしたことから考えて、ある程度は彼の情報が流出していると考える方が自然である。流石にあの隠蔽の技術が対バルパ用だったとまでは思わないが、相手が対策すべき相手として魔力感知持ちを勘定に入れているという可能性は十分にあった。とすればああやって隠す気のないように出されている幾つもの反応、それ自体が自分を誘き出すための罠であるという可能性もある。

 考え過ぎに越したことはない。一度バルパの思惑を超えてきている相手に慎重になりすぎることは決して悪いことではないだろう。

 彼の考えの主眼となっているのは、今無理してまであの集団を叩き潰す必要があるのかということだった。

 もちろんバルパは彼らを殺したいと思っている、ただ同時に彼らに対して大きな危機感を抱いてもいる。考えたくはないが、ヴァンスクラスの使い手がいることすら考慮に入れているほど、彼らに対する不安感は大きなものになっていた。

 無理を押して挑み返り討ちに遭うリスクを取ってまで敵を殲滅するメリットがあるのか、それを改めて考えてみる。

 彼らを逃がせば間違いなくまた似たような略取を行うだろう。だが恐らく彼らはその魔物の領域の収奪の根幹を為す存在ではなく、末端であるとバルパは感じていた。元を叩けぬ以上、枝葉末節を潰すことに大きな意味はあるだろうか。

 ズルズ族は全員助けた、その結果だけで十分ではないだろうか。そう思う自分がいることを、バルパは否定しない。

 だが彼らが再度動き出せば、新たな犠牲者が生まれるのもまた事実。それはバルパの知る者である可能性が高いというのもまた否定の出来ないことであった。

 だとすれば虫使い達を別の場所に匿い、人間の強欲な手から遠ざければその懸念は解消出来るのではないだろうか。そうすれば襲われることになるのは虫使い達を排斥した、バルパにとりあまり心証の良くないもの達になるはずだ。長期的に見れば魔物の領域全体が危険に晒される可能性もあるが、そうなる前に偉い亜人なりなんなりが解決してくれるだろう。

 だが今の自分が、恐らくネームドドラゴンなど歯牙にもかけないほどに強くなっているのもまた事実。相手の動きと反応が誘いであっても、策ごと食い破れる可能性は高いだろう。

 自分の命が失われる小さなリスクと、見知らぬ大勢の他人が拐われ道具として消費されるリスクのどちらをとるか。バルパがとるべき行動とは、そんな問題に帰着することが出来る。

 バルパは暫し悩んだ。既に彼は、背負いきれぬほどに人と関係を広げすぎている。ズルズ族の面倒すら満足に見れぬのに、魔物の領域に住む他の奴等のことを考えてやる余裕などないに決まっている。下手に助けてしまえば、二度三度と同じことを繰り返す羽目になるだろう。またそこから繋がりが出来てしまうし、そうすれば既に荷重超過のバルパは、背中にのし掛かる重さに押し潰されてしまうかもしれない。

 繋がりが出来た者を、自分は見捨てることが出来ない。全てに甘く優しくしてやることなど、土台無理な話だ。自分は黒服も殺しているし、慈悲の方向を全方位に向けることは既に出来ていないのは明白である。

 自分は自分が肩入れした者達を救っただけだ。

 他の者は見捨てても良い者なのだ、そもそも魔物の論理に従うならば弱者が強者に収奪されるのは当たり前だ。強者が奪うのは権利であり、弱者が奪われるのは必然なのである。だがその弱者に肩入れしようと思い立ち、今この体を動かしているのが自分というゴブリンだ。

 元は弱者であったから、だから強くなった今でもその頃の気持ちを忘れていないから。

 初心者の冒険者相手に命からがら逃げ出した記憶は、今でもバルパの脳裏にしっかりと焼き付けられている。

 弱者にも機会を。そんな傲慢を、自らが強くなった自分は周囲に押し付けてきた。

 それで助かったピリリ達のような者もいるし、それで死んだ黒服のような人間いる。エゴの押し付けが救った命があれば、それによって奪われた命がある。

 弱者たる魔物の領域の者達から奪おうとする人間は正しく、だがその正しさに疑義を挟むバルパが自分に出来る範囲で邪魔をしようとこちらの世界へやってきた。

 きっとそれは互いのエゴの押し付けないで、両者の間に妥協点を見出だすことは出来ない。

 奪いたい彼らと、奪うなと強制する自分。両者は相容れないし、この違いは自分が行動を起こせば起こすほど顕在化していく。

 いずれ自分は人間から狙われることになるかもしれない。ヴァンスがやってきて瞬時に首を刈り取られることになる可能性もある。

 だが、だからこそ指を加え、人間側に混じるのは嫌だった。

 嫌だ、自分が許せない、彼らを殺したい。結局自分の行動原理は傲慢なものでしかなく、そして同様に彼ら人間の原理も傲慢そのものだ。

 自分のしたいようにするヴァンス、言うことを聞かないミーナ、無理矢理同行してくるルル。世界は生き物のエゴの押し付け合いで出来ている、そんな風に考えると妙にしっくり来た。

 バルパは止まっていた足を再び動かした。 

 後ろへ、ではなく前へ。足取りは一歩進むごとに確かなものになり、数歩進めば走行へ変わる。


「……どうせなら……」


 どうせなら、とことん傲慢になってみるのも、ありかもしれないな。

 バルパは悩みがちで即断即決の出来ない自分が、あまり好きではない。くよくよ悩み、答えは出ず、世界を見ては今までの考えが間違っていたと再び悩み始める自分は、まさしく矮小なゴブリンに相応しいとそう心の底から思っている。

 だが悩んだ上で出た結論ならば、それが決して合理的な物でなくとも曲げぬようにしようと、そう思った。

 間違っても良い、間違ったのなら次に間違えなければ良い。もう何度考えたかわからぬことを悩む癖は変わらないだろうが、少しずつ考え方を矯正していけばいい。

 バルパは少しだけ気持ちを楽にした。彼が集団へ向かう足取りは、先ほどまでよりも少しばかり軽かった。

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