狩るものと狩られるもの
バルパがボロ剣で足元を刈り取ると、男の踝が何の抵抗も無く刃を通した。
男が体勢を崩しながらもナイフを突きだしてくるのを冷静に観察してから、前のめりになっている体をぐるりと横に回り脇腹に剣を突き入れる。そのまま刃をかち上げると男の臓物がボロボロとこぼれ落ち、ナイフを突き出していた腕は力なく垂れ下がった。惨殺死体に変じた男を見せれば少しは戦闘意欲が減るかと思ったが、残る四人の黒ずくめ達は一切攻撃の手を弛める様子がない。
このままではジリ貧であり、ここは声を張り上げて外から仲間を引き入れる場面だと彼には思えたが、わざわざ戦局が自分有利に展開されるのが悪いはずもないので黙々と魔法を避けていく。
劇的に能力が向上しているという感じではない。あくまでも地に足のついたというか、今までの自分の身体能力と地続きになっていると言うべき強化により、バルパの戦闘力は更に上昇していた。飛躍的とまでは言えなくとも、少なくともこの戦闘において不必要な心配を抱える必要は無いだろう。心は熱いままだが、しっかりと頭の一部分では分析が出来る程度には落ち着いて戦うことが出来ている。一合一合に打ち勝つためには抗う熱が必要で、勝利を収めるためには沈着な冷たさが必要だ。
バルパは怒り、ズルズ族の受けたであろう痛みを彼らに倍にして返してやろうと剣を振るう。そして同時に、彼らの放つ攻撃をしっかりと観察してから剣で斬り、撫で、そして避ける。
先ほどまで予測と過度な回避起動で行われていた大きめのモーションがどんどんと最適化されていく。投げナイフを避けるために体を捻らず、首をほんの少しだけ動かすようになった。火の玉を避けるのではなく、魔法に鎧を撫でさせる程度の匙加減でほとんどダメージを受けずにするりと受け流す。
まるで種火から始まる山火事のように、徐々に徐々に彼の動きの鋭さと正確さは上昇していく。バルパにとり目の前の男達は、既に脅威の存在ではなくなっていた。
魔力感知を使わずとも彼らの位置取りがわかる。疾風迅雷とスレイブニルの靴による長足立体機動をせずとも、死角からの攻撃を察知することが出来た。
勘が冴えている、というよりむしろ冴えすぎている。
今の自分は、ありとあらゆる生物としての能力が軒並み上昇している。
バルパは誰かに言われずとも、日々鍛え上げた肉体と感覚と現状との差異を正確に認識していた。視覚、聴覚、触覚、思考力、腕力、判断力、そしてスピード。全てが今までの自分を超えている、そして今この瞬間にも、僅かずつ上回り続けている。
斬る、裂く、そして避ける。空を駆け、意識を後ろに向けながら目の前の敵を屠る。自らの戦闘力の上昇にも慢心することなく、瞬間的に生まれる齟齬を、動きの擦り合わせにより消していく。
そんな作業じみた行動を続けるうち、気づけば黒服の男達は一人残らず骸と化していた。
これで残る敵方の人間はあと一人だ、少なくともこの馬車の内においては。
ぎゃあぎゃあと喚き散らす男は、人質を取ろうとそろりそろりとその脂ぎった体をセプル達目掛けて動かしていた。
命乞いをする間も与えず、そのそっ首を切り落とす。男の汚い顔が見たくなかったため、そのでかい図体を顔の上に乗せた。
ひとまず戦闘が終息するが、戦いはまだまだ終わっていない。そしてバルパの予測が正しければ、ここからは黒服達とバルパとの追撃戦になるはずだ。
バルパは切れている魔力感知を再び発動させた。すると今まで無反応であったのが嘘だったかのように、彼の脳内を数百の反応が埋め尽くした。
やはり魔力感知も更に効果が向上している。
ズルズ族の人間は多重反応を示すために識別は容易だ。そして即座に人数をカウントしたバルパは、虫使いの数がズルズ族の数を三十人ほどオーバーしていることに気付いた。
やはり他の集落からも誘拐があったようだ。流石に一人一人の魔力量を正確に覚えている訳ではないため全員無事かどうかの確認は取れないが、この様子だととりあえず敵方に彼らを殺す意図はないようだ。どうせ碌でもない意図があるに決まっているが、そんな物は自分の力で捩じ伏せてしまえば良い。
素早く散開している虫使い達の反応を感じとりながら、バルパは女達に乱暴にローブを投げた。
そして幌から顔を出し、思いきり雷の魔撃を打ち上げる。破裂音のような音を鳴らす雷を見れば、この場所にバルパがいたことがわかってくれる人間がいるはずだ。周囲には未だ少量の魔物がいるが、流石に彼女達を連れていてはこれからの行動に支障を来す。
「すまんが俺は行く、全員を助けなくてはいけないからな」
「え、あ……」
「あの黒服共が大分打ち減らしてくれたから魔物の数はさほど多くはないが、一応戦闘の準備はしておけ」
「は、はい。でも、バルパさんは、どこへ……」
幌を今にも出ようとしていたバルパは入り口を開きながら後ろを振り返る。射し込む陽光が後光になり、彼の振り向いた顔はセプル達には見えなかった。
「決まってる……鬼ごっこさ。どちらが狩る側なのかを、奴等には教えなくてはならんからな」
それだけ言うとバルパは幌を出て、そして人っ子一人いなくなった外の景色を見た。
魔力感知でわかってはいたが、やはり彼らは虫使い達を抱えたまま散開し、自分を撒くつもりのようだ。
その九割が死のうが一割が目的を達成できれば構わない、そんな思考でこのような行動を取ったのだろう。
戦闘前のバルパであれば打つ手はなかっただろう。ただやみくもに進むだけでは、彼らの予想通りに打ち漏らしが発生してしまっていたはずだ。
だがなんという幸運か、バルパは今隠せているつもりである彼らの魔力反応のことごとくを感じ取れている。今この瞬間こそまさに、狩るものと狩られるものが逆転した瞬間だ。
さあ、狩りの時間だ。全てを取り戻すための戦いを、ここから始めよう。
バルパは纏武を神鳴に切り替え、未だ上がり続けている身体能力を活かしながら、かつてないほどの速度で空を疾駆し始めた。




