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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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変調

「……ふっ‼」

 

 風を身に宿すバルパの拳が、彼の動きに対応して走り寄ってきた男の顔にめり込んだ。着けている顔面用の防具が壊れ、男は衝撃を受け幌を突き破る勢いで後ろへ吹き飛びそうになる。肉体操作能力を向上させる効果のある迅雷により思考を即座に行動へ移すことの出来るバルパは、後方へ飛ぼうとする男の頭に思いきり踵落としを食らわせて、後ろへ飛ばそうとする衝撃を地面への衝撃で強引に相殺させた。男の頭部に赤い華が咲き、生存確認をするまでもない完膚なきまでの死体に変わる。流石に不利な現状で、相手方にまで斟酌してやる余裕はない。彼は死体を見つめることもなく視線を周囲に散らせながら、先ほどの侵入移行に黒い集団の追加人員がいないことと、自分の攻撃により幌の中にダメージがないことを同時に確認する。

 バルパは幌を壊した経験がない。もしかすれば幌は壊れると同時に魔法の品(マジックアイテム)としての効力を失い中身が一気に外へ放り出されるような事態が起こるかもしれない。よしんばそうでなくとも、穴を空けてしまえばそこらにいるもののほとんどが敵である現状で、侵入経路を作ってしまうことになる。

 単独突入のリスクを最小限に抑えるための少々強引な追撃の隙を、実力を兼ね備えた男達は見逃しはしない。

 入ってきた集団は合わせて六人、今バルパが一人を殺したために残りは五人。そして彼らの近くでオロオロとしているばかりの太った男が一人と、その隣で鋭い眼光で自分を見つめる白銀の甲冑を着た男が二人。恐らく戦闘が出来る人間は七人、それに対してこちら側はまともに戦力になるのは自分一人きりだ。

 セプル以外にも女が四人、バルパを合わせれば戦闘が可能な人間が五人はいることになる。しかしセプルはローブを握りしめたまま動こうとしないし、残る四人もぼうっとした顔をしているばかりでまともに動けそうな状態にない。

 改めて見てみればセプル以外の四人も、先ほどまでの彼女と同様にかなり露出度の高い格好をしていた。破られた服から見る限り露出度を無理矢理高くさせられたのだろう、四人とも両腕で自らのさらけ出された胸部を押さえて顔を赤らめているのが見える。彼女達は戦闘に入ろうという気概も見えず、戦闘を行っているバルパのことを熱っぽい目で見るばかりだった。彼としてはそんなことをしている暇があれば外からの襲撃に備えてくれと言いたかったが、恐らくまともな目にはあっていないだろう彼女達を無理矢理戦わせずとも良いかと思い直す。

 彼女達が動けない分は自分が戦えば良いし、下手に援護射撃をされればバルパが本来の機動力を発揮出来なくなる可能性もある。

 バルパが魔力感知により後方にいる女たちの反応を確認した。どうやらこの幌馬車は一度内部に入ってしまえば隠蔽効果が薄れるようだ。黒ずくめの男達以外の三人の反応も同様に見てとれる。鎧を着た二人の魔力はそこそこ、太った男に魔力は皆無だった。

 こうして周囲を見渡してみると、この馬車の内部は驚くほどに広いことがわかる。

 黒ずくめの動向は気にせねばいけないし新手を警戒する必要もあるが、バルパが空を蹴り、中空から視線を下ろせるだけの高さがこの幌にはある。適宜確認をしながらでも、守りきれるはずだ。

 バルパは自らの体中から吹き荒れている風を感じながら、警戒体制の騎士二人の背後を取った。男達はバルパが息を止め両腕を振りかぶっている段階になっても、未だ彼に後ろをとられたことに気付いていない。自分より速い相手と戦った経験がないのだろう、不勉強なものだな。

 バルパはボロ剣を持った状態のまま、鎧の男に右ストレートを叩き込んだ。額にサークレットのような物をつけているだけで守りが疎かになっているせいで男の後頭部に、その殴打の衝撃が完全に入る。大きく震えてから頭が爆ぜ、髪を焦がしながら胴体が慣性に従い前方へ吹き飛ぼうとする。

 バルパは続く左フックで男を地面に縫い付け、幌の損傷を防いだ。

 ここに来てようやくもう一人の騎士が彼の接近に気づき、正中に構えた剣を彼の腹部目掛けて突き出してきた。


「……遅い、な」


 バルパが突き出される剣の動作をしっかりと見極め、ボロ剣を下段に構えた。

 そのまま前傾姿勢で前に出て、一気に剣を振り上げる。見てから動き始めたバルパの動きは男の突きの速度を優に上回り、彼のボロ剣は騎士の男の指先ごと剣の柄を叩ききった。

 見知らぬ男が痛みに喘ぐ間すら惜しい、とバルパは男が叫び始める前に男の背後を取った。そして今度は全力で腹部を撃ち抜いた。男は断末魔をあげることも出来ぬままただの肉の塊へと変わり、受けた衝撃そのままに前方へ吹き飛んでいく。

 鎧の男の死体は、自重と全身を覆うプレートメイルを合わせるとかなりの重さがあった。そんな重量物が、バルパによる殴打を受けて弾丸にも勝る速度で飛んでいく。死して尚安らかに眠ることを許されぬ鎧の騎士は、バルパの前方で魔法を行使しようと魔力循環を行っていた黒服の男を巻き込んで吹っ飛んでいく。その近くにいたもう一人の男を巻き込み、数度跳ね、そしてようやく沈黙する。二人の命の灯火は既に消えかけていた。

 トドメを差したい気持ちをグッと押さえ、バルパは打撃後の硬直を狙う男達の攻撃を裁くことに専念する。

 氷の槍をボロ剣で叩き斬り、降りかかる土を高速移動で避ける。そこにやってくる狙い済ましたかのような雷撃を拳で叩き割り、光の魔法による視覚阻害を殺した男から奪い取った黒い眼鏡もどきで防いだ。

 全ての攻撃を避け、弾幕のように押し寄せる魔法を捌きながらも着実に前進していく。男達も欲目を出して後方を狙えばその間隙をつくだけの速度がバルパにあることを理解しているため、その展開速度が許す限りの高速行使をバルパへの攻撃魔法に充てている。

 

「……体が軽い」

 

 無駄口を叩くことは非効率であるとわかってはいたが、気が付けばそう口走っていた。

 自分の体に変調が起きていることを、バルパは感じずにはいられなかったのだ。

 彼が重心を後ろに下げて上体を傾けると、先ほどまで首があった空間を黒色のナイフが抜けていく。そのまま体を倒しながら、思いきり両足で空を蹴った。魔力のこめられたスレイブニルの靴が起動し、バルパの足が空を蹴る。腹に力を込めながら右足を思いきり上げ、彼めがけて飛んできた土の槍を蹴り飛ばす。 

 続いて左足で虚空に体の軸を作り、力任せに体を半回転させる。自分目掛けて襲いかかってくる男の腹部に振り向きざまの一撃を叩き込むと、漆黒のスーツを纏った男は幌をぶち抜いて遠くへ吹き飛んでいってしまう。

 バルパは自分に近寄ってくる相手をとりあえず片付けてから、小さい歩幅で数歩ほど交代する。自らの体を魔撃と同化させる纏武により、彼の足は風のように軽やかに床を蹴った。

 不思議なことではあるが、ただ疾風迅雷を使っている時よりも、今は更に速度が増している。

 ここに来て壁を超えたのだろうか、だとすればなんと出来すぎたタイミングだろう。

 そう思いながら攻撃を捌くバルパは、魔法の弾幕が薄くなった場所にいる男目掛けて一気に距離を詰めていった。

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