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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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熱くクールに

 脳が沸騰するように熱い。喉が焼けつくほどに渇いている。ジリジリとした陽光が鬱陶しくてたまらない。自分が自分ではない何かに塗り替えられそうになるのを、彼は自覚せざるを得なかった。

 魔物としての彼が、今すぐにその衝動を解き放てと囁いた。バルパは思わず、この苛立ちを誰かにぶつけたい思いに突き動かされそうになる。

 それは懐かしい感覚だった。自分がまだ勇者を殺す前、日々を生きることとほんの少しだけ考えることで精いっぱいだった頃によく感じていた、世界への拒絶とでも言うべき殺意の奔流だ。

 バルパは胸をかきむしりながら集落の外へ飛び出そうとし、そしてすんでのところで立ち止まった。

 しっかりと深呼吸をして気持ちを落ち着けながら、人差し指の爪で執拗に鎧の鱗を叩く。

 最初は激しかった動悸も、吐き出す息と一緒に少しずつ外へ出ていく。頭に上っていた血は、吸いこんだ空気が冷やしてくれた。

 自らの失態を悟り、考え方が物騒になりかけていた。そう思いながらあたりを見渡す彼の瞳からは、先ほどまで浮かんでいた獣じみた鋭さは消えていた。自分は魔物であり、そしてルル達人間と共に生きると決めた一体の生き物だ。本能に従い手当たり次第に喧嘩を売るような段階は既に終えている、自分の命を軽々しく捨てられるほどに自分はもう身軽ではない。その重さを鬱陶しく、そしてどこか心地よく思いながら生きる一体のゴブリン。それ以上でも以下でもない。

 自暴自棄になるのも、諦めてしまうのもまだ早い。小さく息を吐き、爪先で地面を蹴りながらゆっくりとあたりを見回した。

 先ほどまでと違い、視界は広がっている。下手に視野狭窄に陥っているということもない。バルパは自分がしっかりと落ち着きを取り戻したという確信を得てから、改めて集落を回ることにした。

 

 民家の中には、争ったような形跡はなかった。落ち着いてから見直してみれば、実際に跡形もなく消えてしまうほどに燃えている様子の家屋はない。所々に黒い炭がついている程度の被害である場所がほとんどで、幾つかの燃えている家も全焼しているわけではなく所々が焼け落ちているだけだった。素材の問題か延焼をしているようにも見えない、物から判断する限りではそこまで激しい戦いが起こったようには思えない。

 魔法によって地面が隆起したり、窪んでいるような様子もなかった。焼け跡以外にまともな痕跡が無い以上、戦闘に関わる手がかりはほとんどゼロだ。

 だがズルズ族は戦うことは多くはないとはいえ、女も子供も虫を使い戦うことが可能だ。

 彼らを難なく押さえつけ拐っていったという事実は、敵の実力がある程度以上であることを示している。

 ただ火がまだ残っていることから考えるに、襲撃からそれほどの時間は経過していないはずだ。それに合わせて二百人近い人間を運ぶのには、莫大な時間が必要になるだろう。そこまで遠くへは行っていないはずだ。探す方向を間違えさえしなければ十分に追い付ける。

 彼らはどこへ向かったかは足跡や轍からでは判断がつかなかった。敵方に土魔法使いがいるのだろう、集落をぐるりと一周しても足跡の一つも見当たらなかった。ならば敵方の思考から推察するしかあるまい。

 彼らは一体何者か。まず間違いなく、人間だろう。他の虫使い達の襲撃や亜人達の略奪の芽も考えたが、そちらは薄いと思う。それだと念のため適宜使用していた魔力感知に、なんらかの反応があったはずだからだ。或いは手練れの亜人達という可能性も考えられるが、手練れを相手にするという意味では戦闘面に関して言えば両者にさほどの違いはない。だが進路という意味では大きく違う。

 人間ならリンプフェルトに、そして亜人達ならば魔物の領域に。どちらへ行くか悩んだのは実際一瞬にも満たない間だけだった。

 人間だろう、バルパがそう結論付けたのには明確な論理があるわけではない。

 虫使いの稀少価値を知っているならば魔物の領域の奴等はすでに虫使いを皆自領に取り込んでいるだろうという程度のことは考え付いたが、やはり決め手は自分の勘と可能性の問題だ。 

 一連の不可解な動き、これみよがしな騎士団の行軍、奴隷商人といった手がかりは、人間側の動きが不穏であることの証拠だ。亜人に詳しいわけではなかったが、人間側が怪しすぎるためにわざわざ彼らの小さな可能性を潰していく意味は薄いように思われた。

 理論と本能が正しいと告げているのだから、あとは動くだけだ。

 とりあえずは出来る限り上空から探すべきだろう。

 相手が存在を隠蔽できる魔法的な手段があるとはいえ、それを虫使い達全員に施すとなればどこかに綻びも出るはずだ。

 ここらの魔物の分布はほとんど網羅している。魔力感知を使い魔物の動きを確認し、異常のある場所を片っ端からつついていけば答えに辿り着くはずだ。

 バルパは空を駆けながら目を皿のようにして森の変調を感じとるべく五感を研ぎ澄ませ、魔力感知を全力で行使し始める。異常がないとわかったために纏武を発動、魔力感知の効果範囲外まで出ていっては同じことを繰り返す。しらみ潰しのローラー作戦ではあるが、襲撃者の異変があたりに残っている可能性は十分に考えられる。下手に間違えた方向を探すより、まずは集落近辺の情報を精査する方が肝要なように思えたのだ。

移動に邪魔となれば聞き分けのない大人や老人達は殺されるかもしれない。見せしめに数人殺すということも考えられるし、暴力に酔った者に乱暴をされる可能性も高い。

 現にピリリは自分が助けられるまで、筆舌に尽くしがたいほどの暴行を受けていた。

 時間との戦いだ、そう自分に言い聞かせるバルパは逸る心を落ち着かせ、敢えて深呼吸をした。急がなければならないときほど、どっしりと構えていなければダメだ。下手に考えることは悪手でも、思考を止めて闇雲に動くのはそれ以下の手でしかない。

 バルパは急ぎながらも急ぎすぎないよう心がけるという器用な芸当をしながら、探索を続けた。

 

 バルパが細かく移動を重ねながら十五度目の全力の魔力感知を発動させた時、明らかに魔物が減っている箇所を発見した。

 彼は一も二もなく、その異常現象が起きた現場へと駆けていった。その時の彼からは余裕が消えてしまっており、先ほどまでの冷静でいようとする心持ちなど完全に消え去ってしまっていた。

 やはりバルパというゴブリンは冷静に徹しきることの出来ない、どこまでも不器用な魔物なのである。

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