叫び
バルパは今になって、昔スースに言われていた言葉の本当の意味を知った。魔力感知に頼りすぎることは良くないと散々言われていたにもかかわらず、自分はこの力に少しばかり頼りすぎている。視力的、聴力的な感覚よりも魔撃を重用することは、危険なことだとわかった時にはもう遅い。スースが自分を叱咤している声が遠くから聞こえるような気がした。
魔力感知はあくまでも魔撃であり、そして純粋な魔撃でしかない。身体強化のように自らの体と魔撃との乗算により効力が増すのではなく、純粋に習熟度と魔力の使用量によってのみその能力は決定される。戦闘用の魔力を取っておかなければいけないのは当然こと、つまり魔力感知に使える魔力はそもそも限度というものがある。
なるべく纏武に意識を割くように気を付けていたせいか、バルパが普段使いしている魔力感知は広範囲に展開させることを重視させただけの簡素なものであり、明確に魔力量を測ることはあまりしていなかった。
今まで魔力感知に引っ掛からないような存在がスースしかいなかったことがこの失態の原因かもしれない、彼女並みの術者などそうそういないだろうという油断があったことは否めない。
もはやバルパの中で、自分が未だ存在に気づいていない人間の襲撃者の存在は確定事項になりつつあった。どうしてかと言われれば明確な言語には直せないが、彼のゴブリンとしての直感が急げ急げと彼をはやし立てることが間接的な答えになっていた。ピリリがあれだけ良い子に育つ原因となったシルル族の面々が、約束をすっぽかしたりするようには思えない。いくら怪我をする人間が多いとはいえ、送った人間は複数人いるのだし、その全員を瞬殺するような魔物はこのあたりには存在していないはずだ。怪我の治りが早い特性を加味すれば、重傷者を匿いながらゆっくりと進んでいるという可能性も考えにくい。誰一人としてズルズ族のもとへ辿り着いていないということは、幾らなんでもおかしすぎる。
その中にはきっと、ピリリの仲の良いものもいたことだろう。狭い集落の中だ、顔を知らないことのほうが難しいような閉鎖空間の中で、ピリリが育つのを見守ってくれていた人も多いだろう。バルパは腸が煮えくり返る思いだった。襲撃者へでもシルル族へでも、ましてやズルズ族へのものでもない。兆候を見逃し、あまつさえ自分達にとっての都合を優先したバルパ自身への怒りで、彼はおかしくなりそうだった。
虫使いの集落から離れすぎているピリリ、亜人の話から不審な影についての情報、手がかりは確かに得ていたのだ。それを消化し疑念に変えるだけの猜疑心を、バルパというゴブリンは失っている。自分が野生を捨て去りかけ、社会性を獲得しかけていることを、彼は嫌が応にも理解せざるを得なかった。
だが幸い自分にはまだ魔物としての感性が残っている、そうでなくてはこれほどまでに悪寒を感じているはずはない。
ならば今はその感覚を研ぎ澄ますべきだ。まだ一匹のゴブリンとして、粗末な腰布一枚で裸同然にうろついていたときのあの感覚を思い出せ。
下手に守ろうとしたから後手に回ってしまった。それならば自分を刀剣のように研ぎ澄まし、攻めることを守りへ転じさせるよう考えを切り替えるべきだ。
殺されないように、殺せ。俺の根元にあるこの気持ちを、解き放て。
バルパは体を震わせながら木を蹴って再度宙へ浮かぶ、着地の衝撃だけでその楡の木は周囲を巻き込んで倒れた。
考えろ、相手はかなりの手練れだ。下手をすれば自分が死ぬ、それだけは避けねばなるまい。ルルやミーナ達には出来れば戦って欲しくない。信頼をしていないわけではないし、彼女達の気持ちからすればふざけるなと言いたくなるだろうが、バルパは彼女達に死なれて欲しくはない。ただその思いを完全に無下にするのは嫌なので、一度合流してしまえばバルパとしても戦闘への加入は認めざるを得ないだろう。だからこそミーナ達が来る前に勝負を決める。彼女達のためではなく、ただただ自分のために。
あまり気合いをいれて発動したものではなかったとはいえ、自分の魔力感知を抜けることが出来るということは敵の脅威度がかなり高いことを示している。隠蔽能力のある魔法の品があるか、或いは達人クラスの身体強化を行う人間が超長距離から遠くを見る力を持っているか、はたまたバルパの知らないなんらかの魔法的な何かか……警戒はしてもしすぎるということはない。能力のわからない相手には一撃必殺、反応される前に勝負を決めるに限る。人数が少なければ効率を捨てた神鳴を発動、ある程度いれば速度は落ちても疾風迅雷で間断ない長期戦に備える構えを取るべきだろう。
指揮官から殺すか、強そうな奴から殺すか。それとも殺すより先に、虫使い達の保護を優先するか。保護を優先すべき場面であることはわかっていたが、攻撃的衝動に駆られている今のバルパは襲撃者を殺すことで頭がいっぱいになっていた。
敵はとりあえず殺す。仲間の数人が死んでも自分が生き、相手を皆殺しにするのが一番良い。
神鳴が切れかけたために一旦着地。ふらつく体で無理矢理魔力回復ポーションを飲み下し、再び神鳴を起動した。ポーションのストックの節約はもうどうでもよくなっていた。
自分の体が風を切る音と、体から発する雷が爆ぜる音だけが耳に届く。
バルパはただひたすらに駆けた。
時間感覚をなくしながら進み続けた彼は、ようやくズルズ族の集落に到着した。
火が消え小屋が黒ずんでいるその光景と、もぬけの殻になった人里を見て、バルパは自分の勘が外れていなかったことを知った。
緑の獣は裂帛の叫び声をあげる。自らの無力と傲りを怒りへ変えながら、彼は唸り続けた。
それはバルパにとり……大切なものを奪われた、生まれて初めての経験だった。
 




