一路前進
バルパが男女別け隔てなく接するようになり、彼らの態度も軟化したことで集落全体の雰囲気が前よりも目に見えて明るくなった。その一因には指導により彼らが獲物の量が増え始めたこともあったが、なんにせよ暗いよりは明るい方が良いとバルパも少しテンションを上げた。
仲良くなってくると今度は是非とも数人ほどお嫁さんにして欲しいと頼まれるようになった。そして彼を混乱させることに、その申し出をするのはほとんどが男性なのである。
お嫁さんにして欲しいのか、して欲しくないのか。複雑すぎてバルパにはもうわからなかった。人によって誰々を嫁に、誰々だけはダメだとうるさいから俺はミーナとルルを守らなくてはいけないから嫁は持てないと伝えると、男達は残念そうな顔をしながら帰っていった。そしてミーナとルルは何故か上機嫌になり、ピリリは目に見えて不機嫌になった。
私も私もと立候補する彼女にどうせもうすぐ別れることになるだろうと正直に言いそうになったが、どうしてかその言葉は喉の奥で詰まって出てこない。なのでバルパはなんとなくお茶を濁すことしか出来なかった。レイの笑顔は少し怖くなり、ヴォーネは平常運転で変調の兆しなし。そしてウィリスはいつものように機嫌が悪かった。
女達の攻勢は相変わらず止まなかったが、バルパも適当なあしらいかたというものを覚えた。何も与えず、適当に相槌だけ打っていれば数分もすれば興味なしな態度が気に障り消えていくということを彼は学んだ。中にはバルパがあーとかうーとか気のない返事を続けていてもめげずに話しかけてくれる子や、楽しげな様子で側にいてくれる子もいたので、そういう子にはなるべく優しく接するようにした。するとすぐに皆同じことをやり始め、バルパは女性陣が自らの学習能力を超えてくるということを知った。そして諦めの境地に達した彼は、集落にやって来たての時のように全員にプレゼントなり感謝の言葉なりを届けながらなんとか日々を過ごした。
虫に纏武や効率的な魔撃の運用方法を覚えさせることは不可能だったため、彼が男達に出来たことというのは実はそれほど多くはない。アドバイスも出来るし、戦闘を見せてやることも出来るが、彼は基本的に教師には向いていないタイプだった。なのでバルパは実践と演習に重きをおき、彼らと積極的に模擬戦を行うようにした。そして戦いを行う度にどこがどうダメで、どこが狙いやすく、自分が何をされたら嫌だったのかを伝えるようにした。
そうして彼らは扱える全ての昆虫を正面に配置したと思わせ、死角に待機させたり、全力を誤認させた上で相手の油断を誘い一撃で叩き伏せるようになったりと非常に小賢しくなった。だがその賢しらな様子こそ、自らよりも強き者と相対する時に最も必要なものだ。正道で勝てないのなら脇道を、獣道を行ってでも勝つべきだ。勝利をもぎ取るためならば相手を油断させ、苛つかせ、相手に全力を出させないようにする。対して自分は常に全力を出せるように節約すべきところとスパートをかけるところをしっかりと弁えておく。
自分の土台で戦わせ、相手には真の実力を発揮させない。生き汚さこそが巡り巡って生の美しさに変わるということを、彼は彼なりのやり方で男達へと教えた。
そして半月が経過し、バルパ達がピリリの同族のもとへ向かう時がやって来る。
「じゃあみんな、元気でねーっ‼」
「おう、任せとけっ‼」
ピリリが手を振ると、どうやら若手一番の有望株と目されているらしいパルマが彼女に手を振り返した。彼がピリリの隣にいるバルパへ向ける視線に不快そうな様子は微塵もない。そこには一人の男として、自らよりも強い者へ向ける憧憬めいた何かがあった。
最初は少し気恥ずかしかったバルパではあったが、流石に毎日顔を合わせる男という男に似たような顔をされれば彼であっても慣れる。今は適当に手を振り、パルマの瞳からはつと目を反らした。
「戦士長のポップスは居ないからな、頼りにしてるぞ」
「は……はいっ、大戦士長バルパさんみたいになれるよう、精一杯精進しますっ‼」
バルパは気付けば、ズルズ族の人間から大戦士長というよくわからない階級を貰い受けてしまっていた。どうやらポップスに教えているから彼よりも偉い、偉いのだから大でも付けとけというとても素晴らしいセンスによりその階級が生まれたらしいが、そんなポンポン新しい物を作って大丈夫なのかという感じがしなくもない。
今回バルパ達はズルズ族の定期行商の同行者という形を取り、ピリリの親戚や知り合いの暮らすシルル族の集落を目指す。同行人は戦士長ポップスを含めた成人男子五人、そして定期的に行き来をするらしいシルル族預かりの別種族の成人女性二人だ。血を混ぜるだのなんだのと説明を受けたが、そのへんの部族社会の詳しいルールはわからなかったので聞き流した。彼がまともに聞いていたのは、虫使い達の場合交易の代表者に武力が必要とされるというよくわからない風習だけだった。
ポップス達が今回運ぶ荷物をバルパの前に置き、バルパがそれを片っ端から無限収納に入れていく。
収納を終えると、旅立つ時がやって来る。今回は流石に全員を隠蔽機能のある馬車にのせることが出来ないために、基本的にはズルズ族の面々と歩調を合わせながら向かうことになる。少しばかり時間はかかるかもしれないが、ピリリの大事な人達がすぐ近くにいるのだからその程度の面倒は我慢してしまるべきだろう。
「良い? 下手に魔物にやられたりでもしたら承知しないからねっ‼」
「もちろんですよ、ウィリスさん」
ウィリスはどうやら上官ポジションに収まったようで、ズルズ族の若い奴らは胸に手を当てて相手への敬意を示しながら彼女の訓戒を謹聴していた。
彼女の講談が終わってからバルパ達は名残惜しさを感じながらもズルズ族の元を後にする。今後の予定次第ではポップス達と別れ戻ってこない可能性もあるため、少しばかり別れが尾を引きそうな感じはした。
だが今生の別れだというわけでもない、バルパ達だけならば魔力ポーションに糸目さえつけなければ数日もあれば遊びにこれる距離だ。
「バルパさん、また後でっ‼」
成人したての十五才、出会ったときは未だ戦いのたの字も知らないようなケツの青い少年だったパルマは、少しばかり大人になったように見える。まだまだ荒削りなところはあるし、暴走するきらいはあるが、ポップスが目をかけているというだけあり魔力の量は他の若衆よりも多い。いずれ良い戦士として成長すれば、一人の男として手合わせをするというのも面白いかもしれない。
バルパは未来のことを考えることでなんとか今の別れについての感情を振り払った。
そして集落を出て、体を前に向けた。目指すは一路、シルル族の住み処へ。
バルパ達は前を向き、森の中を進み始めた。




