同行者一名
「ふむ、まぁこんなものか」
魔力で瞬間的に強化した手を抜き取るとアイアンゴーレムは糸の切れた人形のように倒れこんだ。ピクリとも動かなくなるのを確認してから袋に死体を収納しようとし、ミーナの助言を思い出しやめておくことにした。
第六階層に出てくる魔物は意思を持った鉄塊、アイアンゴーレムである。動きはゴブリンよりも遅いが、そのタフネスと魔撃への対抗力の高さは魔撃をしっかりと攻撃に組み込み始めたゴブリンには具合が悪かった。遠距離からの魔撃では確たるダメージを与えることが出来なかったため、わざわざ身体を魔力で強化して殴打により倒したのである。
「このゴーレムは加減がしにくい、先へ進んで構わないか?」
彼は後ろを振り返り自らの同行者へと尋ねた、すると間髪容れずに答えが返ってくる。
「構いません」
「この階層の地図はあるか?」
「私は持っていませんが、大体でよければ道案内をすることはできると思います」
「そうか」
彼女の勧めに従いながら迷宮を進んでいく。彼は現れるゴーレムを時に盾で殴り、時に剣で切り裂きながら先へ進んだ。特に抵抗もなくスルリと敵を切断するそのボロ剣の切っ先は相変わらず鈍いままだ、いったいどういう仕組みなのだろうと彼は少しだけ不思議な気分になった。
数度ほどゴーレムを倒し、階層を繋ぐ階段が見えてくる。人がいないことを確認してからゴブリンは中へ入った。
自分は真ん中、転移水晶の近くを陣取りルルに座れと命令した。彼女は抵抗もなくその命に従う。
「腹は減っているか?」
「大丈夫です」
「そうか、では食事にしよう」
ゴブリンは剣を地面に置き袋から肉を取り出した、それを見たルルが驚いたような顔をする。
「どうした、食べるのか?」
「あ、いえ、その……遅延機能のある収納箱は珍しいな、と」
「そうか」
ゴブリンはそれ以上何を言うでもなく肉を焼き出した、自分のことを真剣な顔をしながら見つめる彼女の視線に若干の居心地の悪さを感じながら。
自分の顔を見せるのはあまり良くないとミーナに教えられていたため、彼女に背を向けるようにして食事を済ませてから階段を下りた。
第七階層へ足を踏み入れた、魔力感知を使い一体だけでいる魔物を探知するのはもう慣れている。相変わらずじめじめとした洞窟を右に曲がると大部屋に出た、するとその真ん中にデンと居座る魔物の姿が見える。
赤い体躯、身長は自分の倍ほどもあって全身は今にもこぼれだしそうなほどに筋肉に満ちている。腹筋は八つに割れていて、肉体に反して着けている装備は粗末な布切れとトゲトゲとした鉄の棍棒だけだ。
これがオーガか、名も無きゴブリンは向こうが自分に気づく前に土魔法でオーガの周囲にある土たちに干渉する。今居る場所からオーガのすぐ近くにまで魔力を移動させるのにはかなりのロスが生じたが、それでも一から土を産み出すのに比べれば少ない消費で済んだはずだ。ルルから道中聞いていたオーガというものは相当にタフであるらしい、ならばまずは正面からではなく搦め手をとゴブリンはオーガの鎮座している地面から土のスパイクを生み出した。オーガの膝の辺りにまで伸びた土の槍はザクザクと足へ刺さる、醜悪な魔物はぎゃあぎゃあと耳障りな音を立ててこちらを見つめてくる。怒り心頭と言った様子でこちらへ向かってくるが、そのペースは足を傷つけられたせいでかなり遅い。
近づける前に勝負をかける、とゴブリンは魔力量と放出速度に任せて雷の魔撃を生み出しては放ち、生み出しては放った。
亜音速で飛翔する雷を機動力の削がれたオーガが避けることができるはずもなく、魔物はただダメージを甘受しながら前に進むことしかできない。
ゴブリンは雷の魔撃を放ちながら考えた、思っていた以上に向こうの耐久力が高い。
流石にこちらに来るまでには勝負を決められるとタカをくくっていたが、目の前の魔物はダメージをモロに食らいながらも一歩一歩着実に距離を詰めてくる。
雷の魔撃を放つのを止め、しゃがみこんで地面へ触れた。立ったまま直接土を動かすよりもこうした方が魔力のロスが少ない、彼は自らの魔力を関知しながら魔撃をしようした経験からそう結論づける。
自分目掛けてかけてくるオーガの足元の少し手前の位置の土を隆起させた、こちらしか見ていないオーガは足を取られ不様に転ぶ。その瞬間を見逃さずゴブリンはオーガの体を土で覆い尽くした。魔力をこめることで土を硬くする、土槍を作るときの要領でやれば出来たが、土の硬質化にもまた結構な魔力を持っていかれる。
歪なドーム状になった土の塊の中に炎の魔撃を発生させようかとも思ったが、流石に無駄が過ぎる。彼は袋から水瓶を取り出し、それをおもいきり埋もれたオーガへとぶちまけた。
魔力を用いて水を操り、土の中へと侵入させる。それを思いきり爆発させるイメージで魔力をこめた。すると水は火の魔撃を伴った水の魔撃により熱され、膨張しながら土塊を内側から弾けさせた。
透明な水に混じってオーガの黒っぽい血液が土を染め上げる、息の根を止めるまでは安心は出来ないために爆発で出来た隙間に雷の魔撃を叩き込む。死ぬ寸前のオーガに魔撃が当たる際、その足元の黒い土へと雷が伝播するのが彼の目に映った。魔力をこめた土、もしくは魔力のこめられた水は雷をよく通すのかもしれない。
「な……あ……」
何か鳴き声のような音を発しているルルは無視してゴブリンは耳に魔力を流し込んだ、オーガの呼吸の音がかすかに聞こえる。どうやらこれほど攻撃を叩き込んでも未だ死んでいないらしい。さすがにこれほどの難敵となると連戦は少しばかり厳しいかもしれない、そう考えながら剣を頭上に放り投げ、袋から適当に短剣を取り出した。ルルを刺した時の金の短剣だ、未だ聴覚は強化されたままだったために彼は後ろで喉を鳴らす音を聞いた。助走をつけ、力いっぱい体を捻ってから全身に魔力を流し込み身体能力を強化、フッと息を吐きながら右腕をしならせてオーガに短剣を投擲する、その一撃が命中すると先ほどまで聞こえていたオーガの呼吸音は聞こえなくなった。
ようやく死んだか、と疲労から小さく肩を竦めると彼の目の前で理解が出来ない現象が生じた。さきほどまで確かにあったはずのあの巨漢の肉体がどこかへ消えてしまっていたのである。支えを失い魔力が霧散した土がバラバラと崩れ、大部屋は元の状態へと戻っていく。
土が平らになったことであとには首をかしげるゴブリンと、体を硬直させたルルと……妙に綺麗な装飾のなされた真っ赤な宝箱だけが残った。
 




