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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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常識なんて 1

 あんなに怖そうな生き物が美味しいお肉になるなんて不思議だなぁとエレメントドラゴンを見上げていたピリリが、ドンドンとハードになっていくバルパ式ブートキャンプに翻弄されている間、ズルズ族の面々もまた過酷な状況下に置かれていた。


 ズルズ族に代々伝わっている破魔の結界と呼ばれる魔法の品(マジックアイテム)は人間達が街道に敷いている魔物避けの石の強化版のような効果を有している。圧倒的に強大な存在以外は結界を張られた地域へ侵入しようとはせず、一度入ってしまったものも進んでいた足を引っ込めてすぐさま体を反転させる。

 虫使い達はどの部族も大抵はこのように辺境で生きていくための魔法の品を持っているのが常だった。基本的には排他的で、その能力の詳細は所は長老と一部の御偉方しか知らないために他所へ嫁いだ女から情報が漏れるということもない。

 彼らは部族単位で生活し、そして過度な交わりをせず、互いに独立独歩の精神で生きてきた。人間からも魔物からも、そして亜人からも拒絶されてきた彼らは、たとえ同族であっても十全の信頼を置くことが出来ぬほどの猜疑の心を持つようになっていた。同族としての意識はあるために苦難に陥っていれば出来る限りで助けは出すし、有事の際には纏まることもある。だがそこの真の意味での連帯というものは存在しない。

 長きに渡る時間を少数で生き抜いてきた彼らは自然と寄り添い、強さを何よりも尊ぶ。

裏切りに遭い、故郷を追われ、それでも生き延びてきた彼らは、だからこそ全てをはね除けられるだけの強さに憧れる。どんなことにも疑いの目を向け、相手が信用に足る存在なのかを念頭に置かねばならぬような生き方をしてきたからこそ、自分達の疑念などパンチ一発で吹き飛ばしてしまうような存在に対する生来の憧れを彼らは持ち続けていた。

 幸か不幸か、結果として大規模な人間と魔物との戦争において主戦場だったのは彼らの暮らす場所の遥か上方であったために、虫使い達は争いの影響を直に受けてはいない。故に戦争には付き物である武威で他を圧倒する英雄、英傑と呼ばれる存在にお目にかかったことはない。戦禍を身に浴びていない彼らにおける強さとは即ちすぐ近く、それこそ歩いていける距離に存在している海よりも深い溝(ノヴァーシュ)の覇者、ドラゴンであった。

 海よりも深い溝にさえ入らなければ襲われることは滅多になく、魔物の領域へとやってくる頻度は一年に一度あるかないかという非常に低いものでしかない。

 彼らにとりドラゴンというものは恐れそのものであり、強さの権化であり、そして同時に憧れでもあった。ドラゴンのように強くなりたい、ドラゴンを殺してドラゴンスレイヤーになりたい。誰しもが子供の頃に一度は考え、両親へ自らの夢を口にする。

 そしてその度に苦笑と共にこう言われるのだ。私達も昔は同じことを口にしていたよ、と。

 大人になるということは現実を知るということでもある。彼らは成長するにつれ実感するのだ、理想と現実の間に隔たる大きな大きなギャップを。

 そして思うのだ。ああ、自分にはドラゴンなど倒せない。そんなことが出来るのは語り部から伝えられる詩歌に登場する英雄だけなのだ、と。



 かつて夢半ばにして破れた虫使い達は今、どういうわけか再びその子供じみた夢想について思いを馳せていた。

 

「なんであんなヘナチョコも一発で倒せないのよ、アンタ達それでも本当に男なの?」

「そんなこと言われてもなぁ、出来ることと出来ないことはしっかりとわきまえてるし大言壮語は出来んよ」

「無理する場所でしょそこはっ‼ あの男なら鼻歌まじりにケチョンケチョンにするわよっ‼」

「そりゃあ主様と俺たちを見比べりゃあ見劣りもするだろうさ。その辺は長い目で見てやってくれや。何も悪気があったりやる気がなかったりするわけじゃねぇんだからさ」

「……ふんっ、しっかり着いてこないと置いていくわよ」

 目の前には自分達のリーダー格であるポップスと、彼をキツい口調で嗜めている少女の姿がある。その喧嘩の様子を見ながら、成人したばかりのパルマは目を輝かせていた。

 その理由は口の悪いウィリスが美人だからでも、彼女の後ろで微笑ましげな顔をしているレイという名の少女がそれを上回る美人だからでもない。

 ウィリスを始めとする彼女達バルパの奴隷達と、同行者である二人の実力を直に見ることになったからだ。

 昨日はまだ駆け出しだからという理由で狩りへの同行を認められなかったパルマは、人伝に彼女達の話を聞き及んだだけだった。

 彼らが可憐な女だと思ってたら一瞬で魔物の群れを焼き殺した、千切れた手足が再生しただのと話をしているのを鵜呑みに出来るほどに、パルマは純真ではなかった。酒の席だということもありどうせまた話を過度に大きくしたのだろうと思い、与太話としか思えない男達の話などほとんど聞き流していた。

 だが今日実際にこの目で戦闘を目の当たりにすれば、彼は信じざるをえなかった。

 ミーナはどこからともなく襲ってくる魔物を一瞬で消し炭に変え、ルルは腹から臓物がこぼれ出すほどの重傷を負ったピラタスを一瞬で回復させてしまった。

 ウィリスとレイはその二人と比べれば若干見劣りはするが、それでも彼女達が自分よりも、そして自分達が戦士長と崇めているポップスよりも上であることは明らかだった。そのため最初はポップス相手に居丈高に接するウィリスに反感を抱いていた者達も、徐々に口数を減らし数回も戦闘を見れば完全に沈黙せざるを得なかった。

 数度ほどお手本にならないお手本を見せられ、魔物の倒し方の確認をしてから、複数にんで討伐にあたらせるという手法で、パルマ達は午後へ入ってからというものずっと戦わされ続けている。

 だが彼らの顔に不満の色はない、むしろその顔は、幼い頃に浮かべていた夢と希望に満ちた輝かしいそれと酷似していた。

 その理由の説明をするには今朝、まだ日が上ってからまもないうちに起こった出来事のついての話をする必要がある。

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[気になる点]  彼らにとりドラゴンというものは恐れそのものであり、強さの権化であり、そして同時に憧れでもあった。 →彼らにとって
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