女王は未だ
バルパとピリリが集落へと帰ってきた時には、日はほとんど沈んでいた。微かに残る夕暮れのオレンジと空に散りばめられた星空を見ながら、相変わらずグルグル巻きになってバタバタしているピリリを抱えてきたバルパの顔に疲労の色はない。
ピリリの戦闘の補助を適宜行いながらもかなりの余裕は持てていたため、どちらかといえば肉体よりかは頭の方に疲労が溜まっている。
亜竜相手ならば大して思考のリソースを割かずとも手慰みで屠れてしまう現実は、なんとなくヴァンスのつまらなそうな顔を想起させた。あそこまで行けばほとんど戦闘らしき戦闘になることすら少ないだろう。それは生き延びる上ではなんと素晴らしく、生きていく上ではなんとつまらないことだろうか。
ボロ剣の力を借りてではあるが一応切り傷は残せた訳だが、自分は未だ彼や勇者スウィフトのいる階層へは辿り着けてはいない。
今までの礼や迷惑料、そして男としてのロマンや共感から出来ることなら彼を打ち負かしてみたいという気持ちは日増しに増えていく。
ドラゴンというとりあえずの目標が消えた今、バルパの先に君臨しているのはやはり彼の師匠である。
恩返しがしたいものだな、そう考えながら梱包されているピリリから布を剥ぎ取っていく。
「うー……」
こまめによくわからない奇声を発したり、もぞもぞとミイラ状態でバルパに触れようとしたりしていたために元気があるのはわかっていた。しかし出掛ける前と比べればやはり疲れているのは明らかだ。
今日は早く寝かせてやろう、しかし明日はもっとキツく行こう。バルパは甘々なのかスパルタなのかわからない教育方針を掲げながら帰路をピリリと一緒に歩いた。
ピリリが手をふりふりしながら唸るので、仕方なく手を繋いでやると彼女は疲れなどどこ吹く風とばかりに元気を取り戻したように見える。
手を繋ぐという行為は生き物の体温を感じ取れるし、熱を共有できるという点では有用だと思える。だがここら一帯、ジメっとしてそこそこ気温の高いこの場所で熱を分け合うことは至極不合理だ。それなのに自分に身体的接触を求めてくるものは一人や二人ではない。
なんとなく気持ちが温かくなるような気はするが、やはり片手が使えなくなるのはデカいな。バルパはここ最近はいつも籠手しかついていない左手でピリリの手を握り歩いていく。
現在バルパは、緑砲女王を全く使えないでいる。魔力を吸収してしまうという厄介でもあり、そして有用でもある性質を持つ緑色の盾は、バルパの纏武をも吸収してしまう。そのため盾はここ数ヵ月の間、基本的にはお蔵入り状態なのである。バルパとしても愛着があるし、盾以外の鎧とボロ剣は現在進行形で使っているので盾だけに戦力外通告をするというのは若干気が引けるのだが、今の彼にはどうにもしようがない。ヴォーネになんとか出来ないかと聞いてみても、彼女は残念ながら鍛冶が出来るわけではなかったために謝られてしまった。ドワーフが全員鍛冶が出来るというのは自分の偏見であったことに気付き、バルパは逆に謝り返した。ゴブリンは全員臭くて気持ち悪い、そんな偏見で石鹸の臭いのする自分を避けられたらきっと少し悲しい気分になるだろう。自分に置き換えてみればやった行動がどれだけ不躾だったのかわかった。その後謝り合いが続き、彼女は村一番のなんとかとか言う爺さんにお願いするときは私が交渉しますと言ってくれた。なので彼女の故郷に帰るときは、遠慮無くヴォーネに頼ろうと思う。
ピリリに先導されながら集落へ入ってみると、何やら様子がおかしい。
女達の様子がおかしいのは今朝や昨夜と何も変わらないのだが、男達の視線が前までと違う気がする。ピリピリとした敵意のような不躾なそれは、受けていて気分の良いようなものではなかった。
今回は自分は大して間違ったことをしていない気がするから、どうせまたミーナ達が何かやったのだろう。バルパは貸してもらった小屋へ向かい歩き出した。ピリリと歩幅を合わせているためにペースはそれほど早くない。そのため歩いている最中また女達からの攻勢が有った。
ピリリの力ないアシストを受けながら時には適当に受け流し、時にはとりあえず魔物の素材を私ご機嫌を取り、なるべく問題にならない程度に抑えながら彼女達の列を潜り抜ける。元気そうに見えても恐らくかなりヘトヘトだろうピリリをさっさと眠らせてやりたかったので後半は適当に済ましたが、別段問題になるようなことはないだろう。
二人で家屋へと戻ると、ほとんど全員が椅子に腰かけて座っていた。
元々有ったものがガタつきすぎていたためにバルパが出した既製品の椅子に腰かけていた面々が、二人の帰還を目敏く見つけ声をかけてくる。
とりあえずピリリの体を拭いて楽にしてやろうと思い思考をそのまま口にすると、何故かピリリがぷんすかと怒りだした。彼女はキツい口調でやーと叫んでから頬を膨らませ、バルパから桶とタオルだけを借りてそそくさと部屋の中へ入っていってしまった。
以前は特になんの抵抗もなかったのに、最近は妙なこだわりを見せるピリリに変調の兆しを見てとったバルパ。もしかして修行をやり過ぎたのがマズかったのだろうかと今になって少し後悔し始めるあたり、彼が対人関係に関してはまだまだ未熟な面が窺える。
「ピリリはもしかして、俺のことが嫌いになったのだろうか?」
「いや、その……もしかして本気で言ってます?」
「俺は嘘は嫌いだ」
「……ヴォーネ、バルパは筋金入りなんだ。そっとしておいてやってくれ」
何やらこそこそと話始めたミーナとヴォーネを見てから首を回し、彼女達の右にいるレイに話しかけた。
「ウィリスが居ないようだが、死んだのか?」
「ええ、誠に残念なことですが……」
「そうか、もうあのうるさいのが聞こえないとなると少しばかり寂しく……」
「生きてるに決まってるでしょうがっ‼」
少しショックを受け、一抹の寂しさを感じながらウィリスに黙祷を捧げようとしていると後ろから聞き慣れたキンキン声が響く。
「成仏出来ずにアンデッドになってしまったか……ルル、聖魔法で綺麗に浄化してやってくれ」
「あのー、ウィリスは死んでないですよ?」
「なんだとっ⁉」
「うふふ、ごめんなさい。嘘ついちゃいました」
「なんだ嘘か、それなら許す。おいウィリス、死んだと嘘を流されるようではまだまだだぞ」
「なんか私とレイとで随分態度が違くない⁉」
どうやら彼女は一人で時間の許す限り自分の技を磨いていたらしい。皆が休み始めてもその休憩時間を無駄にしない根性は、中々に好ましい。
甘っちょろく口の悪い少女かと思えば、数ヵ月もすればこんな風に口の悪い懸命な少女へとグレードアップする。やはり生き物というのは不思議で、面白い。
どうやらバルパ達が帰ってくるまではご飯を我慢していたらしい彼女達に、次からは先に食べてくれて構わないと伝えてから一緒に食事を摂った。
彼女達から語られるズルズ族の話や彼女達自身の先導者としての苦労話、バルパが得た虫使いの戦闘技能や経験値獲得の考察等について話していると、すぐに食事は消えてしまった。彼らの話は弾み、日が変わり始めピリリがぐずつき始めるまで、その有意義な話し合いは続いた。




