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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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見当違いの検討


「ん? …………ルルッ‼」

 ルーニーは目を覚ますと同時、自らの目の前で倒れたルルのことを思い出した。足に力を入れることすら難しくなった状態で命の灯火を弱めていく彼女の姿が彼の前に現れる。

 手を伸ばす、届かないことはわかっているのに手を伸ばさずにはいられない。

 手は空を切った、目の前の景色がぐるりと回る。そして自分が上体を起こしたことを理解する。

「……一体どうなってやがる……?」

 彼は辺りを見渡す、するとそこには自分と同じように倒れている人影がいくつも見つかった。ピリル、トゥンガ、スージー、そして自分。どうやら死んではおらずゆっくりと胸が上下に動いている、そのことに少しだけ安堵した。しかし心中は穏やかではない、自分が最も探し求めた彼女の姿がそこにはない。

「ルルがいない……」

 自分の命はどうなっても良いと思っていたし、たとえ死んだとしても大した感慨も抱かなかっただろうが、憎からず思っていた彼女のこととなるとルーニーは落ち着いてはいられない。

 自分達は後ろから奇襲をしかけてきた謎の男と戦っていた、そして戦いに破れた。そのはずである。だが自分は生きている、戦闘の際に怪我をしていた右膝にはなんの違和感もなくなっている。ということはつまりあの短剣が刺さっても彼女は死んではおらず、自分を回復したということだ。

 今度は立ち上がり下を見下ろした、そこには相変わらず三人の姿があるだけでルルの姿はない。

 彼女はどこへ消えたのだろう、自分はまた大切な人を守ることが出来なかったのか。自らの無力に歯噛みしうつむいたルーニーの視界にひらひらと落ちる白い紙が見えた。彼女がよく使っている高級な紙、ルルの行方の手がかりとなりそうな唯一の手がかりに彼は手をかける。



ルーニーさん、私は少しだけ旅に出ようと思います。絶対に戻ってくるので余計なことをしないようにお願いします、あなたの心配性はちょっと度が過ぎますから。

                                   ルル


 簡潔に記されたその字は、彼女が急いで筆をしたためたことをはっきりと示している。だがいきなりの別れ、しかもこんな訳もわからない状態での別離の宣言などそう簡単に受け入れられる訳もない。

 ルーニーは未だ意識を回復していない三人を無理矢理にたたき起こした。

「むー、何よ。朝御飯ならむにゃ……え、リーダー?」

「……最悪の寝覚めですよ」

「……殺されてないのを喜ぶべきか、それとも見逃されたのを悔しがるべきか」

 起きた時の態度は三者三様、彼らはルーニーに言われ自分達の胸に手紙が残されていることを知り、それを読んだ。

 そこにはどれも自分達の身はあの襲撃者から守られるということ、そしてルルが彼に聖魔法を教えることが出来ればすぐにでも彼らの場所へ戻ってこれること、決して短気を起こして欲しくないということが色々な言い方で述べられていた。

 ルーニーは自分がさほど頭が良くないということを知っている、頭脳労働は専らトゥンガの役目とかなり前から金勘定すらまともにやったことはない。だから彼が口にするのは彼が頭を回して考えたことではなく、彼が動物的な直感で感じたことが多かった。

「トゥンガ、なんだかこいつぁチグハグな感じがしないか?」

「チグハグなんてこたぁないだろ、これはどう考えても拉致だよ。聖魔法が使えて美人なルルをこき使ってやろうって薄汚い欲望丸出しのあの赤い男の脅迫じゃないか‼」

「ピリル、少し静かにしてくれ。リーダー、確かにそうです。まともな思考回路を持つやつならもう少しやり方を考えるはずだ」

「どういうこと? 奇襲して回復役を拐う、十分に計画的な反抗じゃない?」

 スージーの顔は真剣だ、どうやら茶化したりしている訳ではなく本気で言っているらしいことがわかりトゥンガは自分の好きな人の頭の血の巡りの悪さに少しだけ嘆息した、今はその天然さや脳足りんさを愛でるだけの余裕がないために彼は直栽な答えだけを返す。

「少し考えればダンジョンで人拐いをするってことが如何に非効率かなんてわかるだろう? 地上階層には男爵閣下の騎士団員がいて、もし何か問題があればダンジョン産の連絡水晶で連絡をとられて応援を呼ばれるんだぜ? 事前に下調べをしてるんならルルがミルドの街で憎からず思われてることなんてわかるし、僕らがありったけの金を注ぎ込んで彼女を助けようとしたらそう簡単に事態は進まないってわかるだろう?」

「……既に彼女はダンジョンの外に連れ去られたのかもよ?」

「その可能性は確かにある。だけど行きはパーティーできたルルが見知らぬ男と一緒に出てくれば兵士だって何かあると気付くさ、そんなことをするとは思えないね」

 トゥンガの思考は仲間の危機にあっても冷静だ、だが彼があまりに冷静すぎるあまりそれを怒りを封じ込めるための擬態であることをルーニーは見抜いていた。

「そもそもわざわざここで僕たちを襲う理由がないんだ、街中では無理だとしても街道や討伐依頼の時に襲えば足なんてつかないし。それに確実を期すなら僕たちを殺さないのもおかしい、僕たちの無事を盾にして彼女が同行を拒んだとしても僕たちを大した傷もなく押さえられたあの男なら無力化する術はあったはずだ。リーダーが言ってるのは多分こういうこと、ですよね?」

「ああ、そうだ」

「適当にしたり顔すんのやめなさいよね、腹立つから」

 軽口を叩きあっていても四人の顔はどこか晴れない、いつもなら等間隔に並んでいる円形にはポッカリと一ヶ所穴が空いている。

「どうしてルルをこんな自分に不利な状況下で拐ったかが問題だろう、その理由如何によっては早く兵士と連絡をつけにゃいかん」

「今すぐ地上に戻って領主に訴えるべきに決まってるでしょ‼ もしルルがこんな風にうだうだしているうちに死んじゃったらどうすんのよ‼」

「それは大丈夫だと思うよ」

 スージーに睨まれてもトゥンガはどこ吹く風、彼は諭すような口調で続ける。

「自分に命の危険があるのならそういうメッセージをどこかに残すはずだ、ルルはバカじゃないからね。で、彼女のメッセージを要約するのなら暫くパーティーを抜けるということと短気を起こさないでほしいという二点に尽きるってわけ。ピリル、これがどういう意味かわかるかい?」

「……ある程度拘束されれば解放されるような条件を突きつけられた。そしてその条件はあくまであの襲撃者の存在が秘匿された場合にのみ行使される、ってこと?」

「うん、だいたいそんな感じじゃないかな。あと聖魔法を教えるってリーダーの手紙にかかれているところも何かのヒントだろうね。聖魔法が使える人間なんて王国で百人もいないんだから、これが校正もされずに残されたままっていうのはあの鎧の男の常識が相当に欠けているってことを示してる。だけど手紙を残したり僕らを生かしたりしているあたりあの男は強くて自己中心的ではあるけれど甘えや優しさを排除しきれてはいない。だから多分他国の人間の、有力者あたりが出してきた実力者の犯行なんじゃないかって僕は思ってる。今ごろは馬鹿みたいに高価な瞬間移動の使い捨ての巻物スクロールでも使ってどこかへ消えているんじゃないのかな」

「……ルルの実家関係、か」

 ルーニーの言葉に否定を返さないことが彼の考えがそう推測から間違ってはいないことを暗に示していた。

 このパーティーの秘密ではあるが、実はルルはとある王国の公爵家の庶子である。滅多にいない聖魔法の使い手であるルルをルーニー達は半ば駆け落ち同然の形で連れ出してしまっているのだ。妾の子であり冷飯食らいと揶揄されていたルルが聖魔法を使えることを公爵家は知らなかったはずだが、とうとう捜索の手がこちらにまで伸びたのかもしれない。そう考えると四人は先程とは別種の緊張感に包まれた。

 聖魔法の使い手というのはそれ自体でかなりのステータスだ、聖魔法というものをかなり神聖視しているこの国にあって領主に聖魔法を持つ子がいるということはそれ即ち統治の正当性を神に認められたと主張しても反感を得ないというほどには。

「あのジジイにバレたんならこんな書き方じゃなくてもっと持って回ったような言い方をするはずだから、今回のこれは警告、あるいは次期当主の坊主関係かもな」

 現トリエア公爵は御年六十を越える狸爺である。死ぬまで権力の座を譲る気は無いと公言している彼は、辺境伯から公爵へと陞爵した現在でも未だ権力に取りつかれた偏執狂のままだ。もしそんな彼が自らの子に聖魔法持ちがいると知ったのならそれを奇貨として領主間の戦争でもおっ始めかねない、自分の死後自らの家が聖魔法持ちの娘の子と長男との間で派閥闘争が起こることなど歯牙にすらかけずに。

 となれば今回の襲撃は自分の安寧とルルが下手に政治の表舞台に立たないようにという意味合いの牽制であろう、そう四人は結論付けた。どこから自分達の情報が漏れたのかはわからないが、魔物との戦争のおかげで国交が増えた現状では情報も以前より流れるようになったのだろうということは彼らにも理解できる。そういう事情のことも忠告には入ってると考えるべきだろう、四人はおそらく彼女に直接的な危険はないだろうとそっと胸を撫で下ろした。

「とすれば僕たちに出来ることは……」

「ルルの死亡の偽装工作だろうな、俺達のパーティーから居なくなってもおかしくないくらいのシナリオ作り、頼んだぜ」

「こういう単純な頭脳労働以外の仕事は僕の得意分野じゃないんですけどねぇ」

「あ、それなら私がやったげよっか?」

「ダメ、スージーは前科があるでしょ。ルルの強引な引き抜きの時に僕ら全員死にかねない大チョンボしたのまだ誰も忘れてないからね」

 四人は完全に心を落ち着けられた訳ではないが、それでも自分達を襲った事情がそこまで悲観的にならねばいけないものであることを理解し無理矢理にでも気分を上げた。

 この予想が間違っている可能性は十分にある、精査や情報の入手などしなければならないことは多いだろう。彼らは居ても立ってもいられずに再び盛んに意見を交換し始めた。

 自分達の予想が完全に外れており、実際は自分達がまず最初にバカだと断定した聖魔法を教えるという目的こそが事実であるということには考えも及ばないままに。

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