狩猟解禁
ピリリに巻いた布を取ると、彼女は大して疲れた様子もなくニコニコと笑っていた。彼女をどうこうする前にドラゴンがやって来たので、未だ神鳴の効果時間の残っているうちに殺して無限収納に入れる。
その後襲いかかってきた無謀なドラゴンを二匹ほどなぶり殺しにし食材を確保するとドラゴンの攻撃は止んだ。
とりあえずドラゴンを彼女に狩らせることが第一の目標であるために、隠れる必要はない。バルパは空の警戒をしつつ、襲ってきてはくれないかと思いながら、ピリリの育成を開始した。
まずは魔物を数匹ほど狩り、彼女にウォーミングアップをさせる。彼女の現状の戦力は既に把握を終えているので、ここでもたつかせるつもりはない。
現状ピリリが同時に使えるのは外に虫を三匹、内側の虫を五匹の計八体までである。使用可能な虫の数は肉体の能力や魔力の量、年齢や虫との親和性等様々な要素により決定されるらしく、彼女の八匹という数字はどちらかと言えば少ない方のようだった。聞いてみるとズルズ族の中には二十を越える虫を同時に使いこなせるものもいたために、とりあえずの目標をピリリに二十匹以上の虫の同時行使をさせることに設定する。
今までは彼女達でも勝てるか、ギリギリ引き分けるという程度の魔物を選んで狩らせていたが、最早加減をする気はない。多少強引にでも強力な魔物を連続して狩らせて無理矢理体を作り変えるつもりで挑ませることをバルパは決めていた。
ピリリが使える虫の中で魔撃が打てるのは四体、それを体内に入れておき自分の攻撃用に使うか、外側に置き砲台として使うかが肝要になってくる。
毒を持つ虫も数匹はいるのだが、ワイバーンやドラゴンを狩らせる現状では邪魔なのでとりあえず火を出す空飛ぶ百足の一体を除いて全ての虫を体内に入れておいてくれとピリリに頼んだ。。
魔力感知を起動させ、手頃な獲物を探す。数百歩の距離に単独で遊覧飛行をしているワイバーンの反応があったので、まずはそいつをピリリの糧にしてやることにした。
ピリリのペースに合わせゆったりと歩きながら進み、近づいてから落とす地点に彼女を待機させる。
疾風迅雷を起動させ空を飛ぶワイバーンの背後を取り、拳で翼に穴を開けて蜥蜴を地面に落とした。そのまま鳩尾に蹴りを加えると、大きくへこんだ腹部を確認することもなくワイバーンが泡を噴いて気絶した。やはり疾風迅雷だと威力が出過ぎる、手加減をするために次からは神鳴を使用しようと考えながらピリリにトドメを差すよう伝えた。
彼女は外にいる飛行百足と体内の虫達と協力しながら、顔のあたりに攻撃を叩き込み続ける。どうやら鱗の薄い顔を狙い、そのまま脳を破壊するつもりなようだった。
彼女の使役する虫達はそこまで火力があるわけではないため、ワイバーンを殺しきるには数分を要した。バルパはその合間適当に向かってくる魔物を間引きながら、この討伐により疑問が解消するかもしれないとウキウキと待っていた。
ワイバーンが断末魔を上げながら死ぬと、ズタズタになったいる顔の辺りから濁った緑色のような光が飛び出した。自分よりはるかに強い敵を倒したときにのみ出てくる、バルパがもう久しく吸収できていない光だ。
大きかった光は二つに別れ、百足とピリリの方へそれぞれ飛んでいく。それを見て自分の推測が間違っていないことを彼は理解した。
これで彼女のような虫使いは経験値を虫と共有するという事実が判明した。もしかしたら個々の戦闘能力がさほど高くないのは、本来なら自分で独り占めする経験値を虫達と分け合っているからなのかもしれない。
体内の虫にも経験値を分けているのだとすれば、虫使いが強くなるのには常人の何倍もの経験値が必要になってくるだろう。
ピリリがそれぞれの虫を可愛がっていることは知っているために戦闘に使える奴以外は全て捨てろというのも憚られる。彼からすれば体内にいるよくわからない虫や魔撃もまともに使えないようなよくわからない生物達を置いておくのは非効率極まっているとしか思えないのだが、そんな非効率を受け入れるような人間達の間で育ったからこそピリリのような愛らしい子が産まれたのかもしれないと思えば特に不満はなかった。それに彼女の体内の中に見た理想を自分の手で壊してしまうのが嫌だったという理由もあり、彼は特に何かを言うことはなかった。
ピリリの魔力増加に関しては明らかに鈍行なペースだったが、まぁドラゴンを十匹でも狩らせればある程度は上昇するだろう。ワイバーン相手で光が出るのだから、しばらくは亜竜とエレメントドラゴンを狩っているだけでも上がり幅は高いはずだ。
ここである程度虫達とピリリの成長幅を確認しておけば、これからズルズ族を鍛える時にも有用だろう。バルパは五匹ほど単独行動のワイバーンを狩らせ、幾つか検証を行った。ワイバーンの魔物を殺しても光の吸収が起こらなくなってから虫を交替させ、魔撃を使える別の虫を外へ出してワイバーンを狩らせた。すると光が発されなかった、つまり内部の虫にも経験値はしっかりと渡っているということだ。どの程度の分配なのかは流石にわからなかったが、光が発されなくなってすぐに試してみたことから考えると外と内側でほとんど変わらないと判断しても間違いはなさそうだった。
そして弱いと考えていた魔物達が、経験値の獲得により十分な魔力を獲得出来るようになった。どういう原理なのかはバルパにもわからなかったが、成長した虫達は壁にぶつかったりすることなくまるで全てを知っているかのようにすぐに魔撃を使いこなしてみせた。
バルパは自分はミーナに教えを乞うて半日もかかったのにと少しだけ昆虫に嫉妬した。
魔撃を使う魔物達は一体どういう仕組みで使い方を覚えているのだろうという長年の疑問もこれで解消した。彼らはある程度魔力を持つようになった段階で、自動的にその使い方を習得するのだ。
理不尽な話もあるものだとバルパは不満を感じざるを得なかった。習わなければ使えない自分が他の魔物と比べて劣っているように感じられ、久しく感じていなかった劣等感のようなものを感じた。だが色々と試していくうち、その思いは消えた。
魔物達は魔撃をある一定の魔力を消費して使うことしか出来なかった。彼らは魔力を多目に使い威力を増大させたり、魔力を少な目に使い節約するといったことが出来ないようだった。魔撃を先天的に覚えたものにはなんらかの制約があるのか、もしくは使い分けるだけの知力がないのかはわからなかったが、彼らが自分よりはるかに格上の天才であるという意識は彼の中から消えた。考えれば自分も魔力感知だけはすぐに使えるようになったし、なんらかの取得条件のようなものがあるのかもしれない。
他に特筆すべき点として、毒を使う虫達の間に違いが見られるようになった。
ハチと呼ばれる虫は毒に変化はなかったが、ゾウゲゲツと呼ばれる毒虫は毒の威力が向上した。どうやら魔力で毒を生成するか否かが関わっているらしいとわかり、魔力で毒を精製しない毒虫達が置いていかれる結果となってしまった。だが機動力は上がっているし、亜魔力が切れても精製が可能であるという見方も出来るので、そこら辺は使い分けという形になりそうだ。
元がほとんど魔力のない虫達も、大量に経験値を獲得すると魔力は増え、魔物と大差ない量になっていった。そして大量に魔力を手に入れた弊害か、虫のうちの一匹が死んでしまった。バルパは土の魔撃で墓を造ってやり、ピリリと一緒にその丸っこい虫の冥福を祈った。
彼女の体内にいる虫の全てを魔撃が使える程度まで育てる頃には、既に日が傾き始めていた。今日だけで殺しきったワイバーンの量は三桁近いと考えると、中々な成果である。
だがこれほどに狩っても彼らが数を減らす様子はない。ドラゴンと同様、どこから沸いているのだと突っ込みたくなるほどに相変わらず空を飛び回っている。
ドラゴンの繁殖能力は、もしかしたらかなり高いのかもしれない。
そんなことを考えながら再びピリリを布で包み、バルパは集落へと帰ることにした。




