育成計画
喜ばれるのなら好きなだけ出してやろうと今回もまた適当に数匹ほどドラゴンを出してやると、昨日は恐る恐る焼こうとしていた女衆がすさまじい勢いで肉に群がりだした。
その解体作業を眺めていると、どうやら結構苦戦しているように見えた。鼻息荒くしながら解体に勤しんでいる女達のうちの一人が昨日抱いてくれと言われたので素直にハグをすると面食らった顔をしていた女性だったので、バルパはとりあえず彼女のところへ近付いていった。
「切るのは難しいのか?」
「あ、バルパ様。おはようございます」
「……」
様をつけるなと言ったにもかかわらず全く話を聞こうとしない彼女に閉口しながら、バルパは話を聞いた。
どうやらドラゴンの肉を切り出すのは結構大変らしい。鱗の一枚一枚が魔法の品であり、肉自体にもうっすらと魔力がこもっているために普通の包丁ではまず刃が通らないと嘆いていた。
見た感じではゆっくりとではあるが切れているがと聞いてみるとどうやら男達が狩りの時に使っている魔法の武器を使って強引に切断しているらしい。男の方が力が強いのだからそういった力仕事は任せてしまえば良いのにと言えば、男にはこれから狩りに出掛けてもらわなければいけないからそんなことはさせられないと即座に提案を否定される。
男には男の、女には女の戦いがあるのだなぁと思いバルパは無限収納から女に行き渡るように適当な長さの短剣を取り出した。今彼女達が使っているのは恐らく海よりも深い溝の浅い層の魔物から得たものだろうから、それらよりかはよほどマシだろう。流石に死活問題になってくるために回復阻害の短剣は貸さなかったが、それでも彼女達は大喜びしてくれた。最近は素直に喜んでくれるのがピリリだけだったために、彼からすると少しばかり新鮮な感覚である。
男のプライドというやつか、彼が渡したのは元から中に入っていたものではなく、海よりも深い溝やヴァンスに連れられたダンジョンで自分の力で手に入れたものだった。
特に裏がある訳でもなく素直に喜んでくれる彼女達を見て、バルパは自分の強さが誰かのためになるのだということを改めて実感した。
「もう大好き、ありがとバルパッ‼」
「やーっ!! ダメッ‼」
バルパに飛びかからんとするハグの女、スプのダッシュを小柄なピリリが止めた。一体どこにそんな力がと言わずにはいられない素晴らしい耐久である。彼女は体幹が出来ているのかもしれないな、とピリリの足腰を確認しているバルパの脇では未だ少女になりかかっているピリリと一人の女性、そして彼女達を取り巻く女性陣が言い争っていた。
何かに集中すると周りの音が消え、視界が狭まり完全に固定されるバルパには、彼女達の声は聞こえない。
どうやら体幹というよりかは腰の入れ方が堂に入っているなと体格差を覆す理由を理解してから顔を上げると、ピリリがほっぺたをパンパンに膨らませていた。どうやら女達に言い負かされて怒り心頭なようだ。
「お前らも子供相手にそう厳しくするな。ほらピリリ、お前もそう簡単にむくれるな」
右手で彼女の両のほっぺたを掴むとポシュンと間抜けな音を発しながら空気が抜けた。
バルパは後は適当にやってくれと言い残してその場を去ろうと歩き出す。後ろにピリリがついてきているのを感じ、どうせこのまま空を駆けるのだから面倒は省くかと彼女を担いで右肩に乗せた。
「行くぞ」
「うんっ、あっかん……べーっ‼」
舌を出しながら変なことを言っているピリリを見た女達が高い声を出しながら彼女を睨んでいる。
あと半月いるのなら良好な関係を築いた方が得だというのに、相変わらず人間というものはよくわからない。
バルパは肩のあたりにピリリの柔らかい腹の感触を感じながら、スレイブニルの靴に魔力を流し込んだ。
老婆の話では結界が張られているという話だったが、バルパは集落を出ても何か違和感のようなものを感じることはなかった。
ピリリが下手に魔撃をもらわないよう迅雷を起動しているだけの状態で進んでいるので、二人の進みはそこまで早くはない。ドラゴンが滅多に出てくることはないために、人を一人担いだ状態で空の旅をしようとも問題はほとんど起こらなかった。
だが数分も走っているうち、このままの鈍行ペースでは短時間で修行できないことに気づく。
バルパは地面に降り立ち、紫色の蜘蛛の魔物を消し炭にしてから馬車を担ぐ時に使っていた布を取り出した。
「急ぐから、それをグルグル巻きにしてくれ」
「うんっ、ぐるぐるー」
ピリリが体に布を巻き付けながら回転を続けているのだが、数回も回ると目が回ったようでペースが落ち始める。バルパは口を閉じていろと注意をしてから彼女を布で梱包し始めた。顔に纏武の余波が当たってはマズいので、呼吸が苦しくない程度に余裕を持たせてピリリを担ぎ直す。馬車をくるんでいたサイズを一人の少女に使うのはかなり無謀で、相当ダルダルになっているがバルパは厚い分には越したことはないだろうと再度彼女を担いだ。
「気分が悪くなったら言え」
「うんっ」
纏武神鳴を起動し全速力で駆けていくと、ピリリがわーきゃーとはしゃぎ出した。すぐに気持ち悪くなると思っていたがなんだか楽しそうな様子で少しだけ拍子抜けするバルパ。
速度だけで考えれば魔力を注ぎ込めるだけ注ぎ込んだ神鳴が一番早い。疾風迅雷ならば速度に順応し体の動きを十全に機能させられるが、とりあえず移動するだけならば神鳴の方が便利である。
今は一刻も早く強い魔物の出る場所にピリリを連れていくことが先決なので、戦闘能力は度外視している。
神鳴で走っていると、やはり思考と行動までの間にラグが生まれるために体が意図しない方向へ進むということが何回かあった。
ただ走るのもつまらないと迅雷と神鳴を同時に扱う練習をしてみるも中々上手くいかない。発動に成功しても、速度に体を乗っ取られ木々に激突するだけだった。何が起こっているかわかっていないピリリはその度いちいち叫び声をあげていたが、数回やってみたあたりで彼女に迷惑がかかる可能性を考慮し止めた。
未だ出来ないとムキになってやろうとする癖は直っていないと兜を叩くバルパ。
目まぐるしく変わる視界の中、右肩に確かな重みを感じながら進み、バルパ達はようやくドラゴンが出没する海よりも深い溝へと辿り着いた。




