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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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老婆との語らい

 自分は戦いに飢えた獣である、バルパは自分が心のどこかで戦闘を求めていることを自覚していた。だからこそ消化不良な戦いは彼の望んでいたものではなく、彼にはそのストレスの発散が必要だったのである。

 フラストレーションを発散させようとした結果、なんでこんなことになってしまったのだろう。バルパは慚愧の念に耐えないとばかりに頭を振りながら、目の前に広がっている光景を再確認した。


「わっしょい、わっしょい‼」

「あっはっは、もっと飲みなさーい‼」

「ふにゅにゅにゅ……」

 

 彼の目の前でミーナは腰をくねらせながら良くわからない踊りを始め、ルルは普段は発さないような大声を出して高笑いし、ピリリはバルパの膝の上でうにゅうにゅ言いながら寝てしまっている。

 辺りには数十人からなる集団の雄叫びが響き渡り、いくら集音の魔法で音を遮っているとはいえ無防備に過ぎる虫使い達が酒を飲みベロベロに酔っぱらっている。

 本当に、どうしてこうなってしまったのだろうか。バルパは酒というものの恐ろしさを改めて目の当たりにしながら、自分以外の全員がまともとはほど遠い状態になってしまった現状に至るまでの道筋を思い出すことにした。


 八つ当たりしながらペシペシと枝で腹のあたりを叩き、男達からピリリなどという少女は知らないと言い渡されたが、ピリリの所属していた小集団への筋道は確かに立った。

 どうやら虫使いの一族はそれぞれに別個の部族名を持っているらしく、考え方や風俗がかなり異なっているらしい。おそらくピリリが所属している団体はシルル族だろうと男達は言った、どうやら刺青は男女で別種という訳ではなく部族ごとに別個な形状をしているらしいことが彼らの発言からわかった。

 ではシルル族と渡りをつけてくれと頼むと高圧的な態度で拒否された、なのでバルパはもっと凄い勢いで枝をベシベシやり始めた。どうやら痛みにそこまで慣れていないらしかった男達は半泣きになりながら、自分達には他の虫使い達と関わりを持つかどうかなどという重大な事を決めることの出来る権限はないと泣き叫んだ。その声を耳聡く聞き付けたドラゴンを疾風迅雷でワンパンすると彼らは号泣しながら許しを乞い始めた。どうやら雷を身に纏う全身鎧の人間が空を走りながらドラゴンをパンチ一発で殺すという場面は、彼らの心を折るのに十分なパンチを持っているらしかった。ドラゴンは彼らにとっては天災のようなものであり、こんな辺鄙な場所にやってくるのは一年に一度あるかないかなのだという。

 元々殺すつもりはなかったから、一度ルルと話してから、とりあえず彼らを解放し上の人間と掛け合うためのつなぎとして使おうというところで意見が一致した。縄を外され立ち上がった彼らの着ていた腰ミノと粗末なズボンがじんわりと湿り異臭を発していたので、仕方なくバルパは以前自分が着ようと服屋で大量に購入していた腰ミノのストックを放出することにした。ついでに水の入った桶も渡し、しっかり綺麗にしろと言うと男達は壊れた人形のように首を縦に振り、大人しく従ってくれた。着替えようとする男達を見てルルがピリリの両目を塞ぎ体を反転させたりするという謎の行動もあったが、着替えは問題なく終わり、バルパ達は彼らが所属する虫使いの一族、ズルズ族の集落へと向かった。尚その際、亜人達の扱いが不明であるために一度ミーナ達の元へ戻ってから合流し、男達から事情を聞いた。エルフは珍しいが、爪弾きものの自分達が誰かを除け者にすることなど有り得ないと彼らは自信満々に豪語していた。何やらルルに耳打ちをされ飛びずさっていたのはよくわからなかったが、亜人には寛容な集団であるらしい。だがいきなり襲ってきた集団を信じるのもあれなので、奴隷の全員には再度腕輪の装着を命じておくことにした。結局魔物の領域に入っても用心をしなくてはならないために、面倒の総量は変わっていないのではなかろうかとバルパは少しだけ頭痛を覚えた。

 彼らの案内に従い実際に到着してみると、そこは集落と形容して良いものか判断に迷うような小さな住居の集合体だった。幌のような物で出来ているテントと、何やら白くて四角い物体で建てられた小屋のようなものが集合しているその場所は、立地が日陰の多く木々に囲まれているということもあってなんだかジメジメしていてボロ臭い。バルパ達が入ってくると同時に彼らを見つめてくる彼らの顔は一様に暗く、身なりもみすぼらしい。昔のバルパと大差ないと言えば、どれほどみすぼらしいかはわかるだろう。

 バルパは少しだけ顔を険しくしながら、中で一番みすぼらしい灰色の小屋に案内された。

 そして中にた長老に会い、男達から事前に聞いていた情報を使って交渉を行うこととなった。そういうことに不得手なバルパは一切をルルに任せたために、基本的には話を聞いて頷いているだけの置物状態だったことは言うまでもない。

 半月に一度のペースでやってくるらしい小規模な交易用の小隊経由でバルパ達をシルル族のもとへ連れていってくれというルルの願いは、非常にあっさりと受け入れられた。拍子抜けするバルパ達に課せられた対価はたった一つ、小隊が出発する半月の間、ズルズ族の全員を満足させるだけの食料を供出することだけだった。

 ルルはその条件に憤慨した。少女のピリリでさえバルパ十人分は食事を食べるのだから、大の大人や育ち盛りの少年少女など一体どれだけ馬鹿げた量を平らげるかわかったものではない。あなた達はバルパさんの懐をブチ壊すつもりですかと本気で手を出す一歩手前までいっていたルルを抑え、バルパはその条件を快諾した。

 正直なところ、バルパは数千体単位でストックしているドラゴンの死体処理に本当に困っていたのだ。いくらピリリが良く食べるとはいえ、死ぬまで食べ続けても処理など出来そうにないほどのドラゴンは、バルパの無限収納の中で完全に死蔵されているのである。

 調子に乗って一日四桁ドラゴン狩りだとはっちゃけていた少し前の自分を恥じている彼としては、その黒歴史の遺産とも言えるドラゴン肉の供出は別に懐が痛むようなものというわけでもなかった。ドラゴン程度また狩れば良いし、ドラゴン一体からだけでも信じられないほど大量の肉が取れるのだから在庫を食らいつくしても足りないということはまずないだろう。

 バルパは約束は違えるなよと長老の老婆に念押ししてから、小さな集落の中心部にある広場にドサドサとドラゴンの死体を並べ始めた。やっているうちに楽しくなってきたので、戦闘のせいで溜まっていたストレス発散も兼ねて大量に食料を出した。肉以外にもパンなり米なりと主食も出してやると、周りもバルパをおだてるものだから、気分が良くなったバルパはあまりストックのない甘味も出した。この段階で女性陣のテンションはマックス、フルスロットルで食物の山に飛び付き食べたり、調理をしたりしようと群がった。

 そして杖をついていたはずのヨボヨボの老婆が何故かドラゴンの死体の周りで踊り始め、宴が始まった。

 女性陣ばかりズルい、俺は酒が欲しいとこぼすおっさんに供出してやると、誰もが俺も俺もと言い出したのでバルパは樽で酒幾つかを出してやった。

 酒は全てを円滑にするというヴァンスの言葉に従い適当に見繕った安物のワインだったのだが、男衆も女衆も泣かんばかりに喜んでいたためにバルパは人間は酒ならなんでも良いんだなという間違った常識を植え付けられた。

 そのまま抱いてと言ってくる女に仕方なくハグをしたり、酒を飲もうとしてミーナ達に取り上げられている子供達を微笑ましい目で見つめているうちに、気が付けば混沌がこの場を支配してしまっていたのである。


 チロッとお酒を舐めただけで倒れてしまったピリリはバルパの胡座の上に頭を乗せており、ヴォーネはレイの膝枕でおえおえと変な声を上げている。レイはずっと笑い続けていて触れてはいけない恐ろしさを醸し出しているし、ミーナとルルも酔っ払ってハイテンションになって跳び跳ねている。

 ただ一人ウィリスだけは下らないと言って隅で肉をチミチミと食べていたが、ミーナに無理矢理絡み酒をさせられてワインを口に含み、そのまま吐き出して倒れた。

 ドラゴンを相手にも戦える我らがパーティーは安物のワインにより全滅の憂き目にあっている。バルパは健常そのものだが、判定的に言えば間違いなく全滅に違いない。


「酒とは恐ろしいものだな……」

「ほっほ、許してやってくれな。皆飢えておるのよ」


 バルパの呟きを聞き付けた老婆が杖をつきながら歩いてくる。お前はさっき激しくダンスをやってただろうがと言いたくなったが、もしかしたら何か理由があるのかもしれないと深く追求をすることはなかった。

 酒の席というものは語らうのが普通らしい。話すのなら酒で狂った者よりも、とりあえずはまともそうな老婆の方がマシだろう。バルパは老婆と話をしてみることにした。

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