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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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肩透かし

 バルパの魔力感知は、魔力を立体的に捉えることは出来ない。故に空と地面、地下に反応があればそれらは重なって多重反応として感じ取ることが出来る。故に多重反応それ自体は珍しいものではないが、長時間一つの場所に十を越える存在が同時に滞在しているというのはそうあることではないだろう。虫使いの中でもピリリと所属しているグループとは異なる可能性もあるし、あるいは体内に動物を飼ったり魚を育てていたりする全く別の種族である可能性もある。だが可能性がある以上、一度会いに行く必要はあるだろう。

 とすれば重要になるのは、誰を連れていくかだ。

 ピリリを連れていくのは正しいとは思う。しかし彼女の首に提げられている首輪を見れば自分達を悪鬼のように考える可能性もあるし、絶対の正解とも言えないだろう。

 ミーナを連れていくのは論外、奴隷を複数連れて奴隷狩りとでも思われたら厄介なので他の奴隷達を連れていくのも止めるべきだ。

 それならば、おのずと可能性は絞られてくる。


「ルル、ピリリ、俺の三人で行こう」

「わかりました」

「うんっ‼」

「……しかたないけど、わかった」


 万が一自分達が交流するのがピリリと全く関係のない好戦的な種族だった場合、ピリリを守ることの出来る人間が必要だ。とりあえず自分が敵を殲滅する間、しっかりと守りを固められる人間はこの中ではルルしかいない。

 時間が惜しいと直ぐさま向かおうとするバルパは、複雑そうな顔をしているピリリを見た。不安そうで、どこか嬉しそうな不思議な顔である。期待に目を輝かせながら、希望が絶望に変わることを恐れているような正と負が半々になったような顔は、あまり彼女には似合わないように思えた。

 ピリリのほっぺたを、バルパはむにーっと伸ばしてみた。


「ふぁふふぁっ⁉」

「うん、むにむにだ」


 膨らむ前のパン生地のようにモチモチとしている頬を上へ下へと伸ばしながら、ピリリの顔をしっちゃかめっちゃかにしてみるバルパ。最初は嫌がっていたのだが、気付けばなすがまま事態を受け入れ始めているピリリのほっぺたを十二分に堪能してから手を離す。


「あっ……」

 

 少し残念そうな顔をする彼女を見て、それもまた自分が見たい顔ではないと今度は頭をポンポンと叩く。どうしてそんな顔をするのかはわからないが、やはり彼女に一番似合うのは飾り気のない笑顔だ。ピリリの柔らかい毛髪が、ほんの少しだけバルパの手を押し返した。


「心配するな、俺がいる」

「……うんっ‼ え、えへへっ……」


 ピリリの表情が笑みへと変わっていくのを見届けてから、それを待っていたと鼻から息を吐くバルパ。

 馬車を出ようとすると、既にルルは身支度を整え外へ出る準備を終えていた。

 バルパは腰にしがみつこうとするピリリをなんとか引き剥がしながら、久方ぶりのファーストコンタクトに心を震わせた。


「ぎ……ギルティ‼」

 

 馬車を安置してからしばらく歩くとミーナの叫び声が聞こえた気がしたが、横にいるピリリの笑顔が素敵だったのでそんなことはすぐに忘れてしまった。 


「何者だっ⁉」

 

 気配を隠すことなく、わざとらしい音を立てながら歩いていくバルパ。彼から数十歩ほどの距離にいる男の全身には、どこかで見慣れた赤と青の刺青が入っている。ピリリのそれはどこか全体的に丸みを帯びているように感じられるのっぺりとした模様なのだが、男の全身を覆う二色の彫り物は、尖った針のように鋭角的な形を描いていた。

 魔力感知をフルで起動させている現状、魔法なり魔撃なりの反応があれば読み取れる。攻撃をされれば即座に反撃をする準備こそ整えてはいるが、後ろにピリリを背負った状態で出来る限り戦闘はしたくない。そのために彼は両手を挙げて人間で言うところの敵意はないというポーズをとっていた。

 視認できる範囲で男の数は三人、だが魔力感知の範囲内では百人以上の集団が奥に存在していることがわかっている。三人が三人ピリリのような刺青を入れているのだから、これはもうピリリと何らかの関係があるとみて間違いないだろう。


「最近、ピリリという子が拐われてはいないか?」

 

 遠くまで聞こえるように声を張るバルパを見て、男達は間断なく槍を構えた。

 自分の背後でピリリは目深にフードを被っているため、一見しただけではその正体はわからない。ルルと自分は普段の装備だが、隠す必要もないのだからこれは当然のことだ。

 男達の持つ槍からはほんのりと魔力が感じられた。海よりも深い溝に近いこの場所に住んでいるからこそ、魔法の品には事欠かないということなのだろう。

 右手を下げ、無限収納に触れながら即座に武器を取り出せるように前傾姿勢になった。 

 鼻から喧嘩腰ならばこちらも戦わねばなるまい。ピリリの同族である可能性が高い以上殺すのは不味いだろうが、痛め付ける程度はしなくては話を聞いてすらもらえないだろう。

 バルパの言葉を聞き目尻をつり上げた男達の鋭い視線を一心に受けながら、バルパは纏武を起動させるため魔力を循環させ始めた。

 後ろのピリリから声はあがらない。纏武を起動させる準備を終えた状態で、バルパはバックステップで後ろへ下がった。


「知り合いか?」

「うーん……見たことは、あるような、ないような……」

「ならとりあえず半殺しか」

「は、半分はダメだよっ‼ 一割くらいにしてっ‼」

「なるほど、わかった」

 

 相手の男達がいつでも攻撃に移れるよう重心をこまめに移動しているのを確認してから即座に纏武神鳴を起動させる。今のバルパにとり最強の技である疾風迅雷は、常に全力で使ってきたために未だに上手く加減することが出来ない。ある程度出力を調整し、一番使い慣れている神鳴が使い勝手という面で考えれば一番だ。

 初見の相手に全力を尽くさないというのはバルパの信義にはそぐわなかったが、そんなものでピリリを泣かせてしまってはつまらない。

 念のためにポーションを口に含んでから、バルパは三人の背後に回った。


「なっ、何をっ……ぐえっ‼」

 

 何かを言おうとした男の腹に横殴りの一撃を入れると、彼は横の二人を巻き込んで吹っ飛んでいった。横の二人も何をするでもなくとばっちりを食らい、三人は団子になって転がり、そのまま動かなくなった。

 一瞬の静寂がやって来る、その沈黙を神鳴の発する断続的な音が破る。


「終わり……か?」


 バルパは拍子抜けしながらも彼らに近付いていき、首筋に触れて脈を確認した。どうやら気絶をしているだけで死んではいないようだ。

 一割殺しというピリリから発された課題は達成出来た……はずである。 

 

「終わり……か……」


 しみじみと呟きながら、なんとなく消化不良を感じずにはいられないバルパ。

 果たしてこれを戦闘と呼んでも良いのだろうか疑問ではあったが、ピリリ達に傷をつけることなく終えられたのだから、そこは自分と折り合いをつけなければいけないところでしかない。

 強さを見せつけたのだから、向こうも話を聞いてくれるだろう。たまさか顔を出す魔物的思考を表に出し、バルパは無限収納(インベントリアから縄を取り出し気絶している三人の手足を縛った。そのまま彼らを近くの木にくくりつけ、上体を動かせぬようにキツく縛り上げる。念のために毛皮を脱がせ、内臓に損傷がなさそうなことを確認してから、ルルに軽く回復を使わせることにした。


「えっと、その……不満そうですね?」

「いや……どのくらいのものかと身構えていたからな。心構えはネームドドラゴンを相手にするくらいには出来ていたというのに、これでは……な……」

「ドラゴンを比較対象にされたら、この人達も可哀想じゃないかなぁ……」

 どこか遠い目をしながら三人はぼうっと空を見上げた。

 強い相手と戦って死にたくはないのだが、強い相手とは戦いたいというのはなんとも矛盾しているが、それがバルパの嘘偽りない本心である。

 肩透かしを食らったせいか、どっと疲れを感じた。だが目的が戦闘ではないのをすぐに思い出し、思考を切り替える。

 バルパは何を訊ねようかと考えながら体から神鳴が抜けるのを待った。そして纏武が解除されるのを確認してから、男達を手近な木の枝で叩き起こした。枝による一撃に妙に力がこもっていたために男達が跳ね起きたが、バルパはおすまし顔でそれを誤魔化した。

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