自戒
ピリリが家族と会えるようになるのは一分一秒でも早い方が良い。そのためバルパは基本的にはペースや後先を考えずただひたすらに北へと進んでいた。入りくんだ地形により真っ直ぐ進むことが難しく、似たような樹木が林立しているせいで本当に前へと進んでいるのか怪しくなって来ることもあったのだが、ルルが持っていた方位磁針というものを使うことで問題は解決できた。方位というものが一体なんのためにあるのか彼にはわからなかったが、とりあえず針が向いているほうに進めば正しい方角へ行けるというのだから、人間の発明というものは素晴らしい。こんな便利なものが魔法の品ではないということに、バルパは純粋に驚きを覚えた。
彼は今まで天性の直感でグングンと先へ進んでいただけであり、完全に直感頼りで前進を続けていた。迷宮探索の時から敵に合わず最短距離をいくことは心がけていたし、記憶力も決して悪くないために同じ場所を堂々巡りするような無様を晒したことはなかった。魔力感知を使っていれば自分や周囲の生物の位置取りから大体の情報はつかめるために、そこまで大規模な移動を行うことのなかった今まではそれでも問題は起きていなかったのだ。
だが正直な所、バルパは纏武を起動させ集中と緊張感を保ちながら進んでいたためにその進み方は最短に真っ直ぐに一直線にはほど遠かった。
バルパは自分の手のひらの上でプルプルと揺れている方位磁針を見ながら、道に迷わないという一事のためにこんな不思議な品を作る人間の創作意欲に感嘆しつつ先へ進んだ。
基本的には彼が単身で全力疾走を続けている訳だが、如何に魔力量が増えたバルパであっても純粋な量以外の問題から二十四時間高速起動を続けられるわけではない。そのため基本的には彼女達と一緒に食事を摂り、休憩を取るようにしているし、下手に効率が落ちてしまわないように定期的に休息を取ってもいる。そんなスキマ時間を使い、バルパは同行している者の実力の確認とどうすれば連携が取れるかについての実験を繰り返していた。
出てくる魔物がさほど強いわけでもなく、ドラゴンの脅威からひとまずは解放されているこの場所は、命の危険を冒さずに確認をするには最適の場所だった。今までは戦闘は全てバルパが行っていたわけだが、冷静に考えてみれば彼女達の実力も勘定に入れるべきだと思ったのである。効率を重視するならその時間も先へ進んだ方が良いのだが、バルパは先を見据えているためにここで敢えて時間を取るようにした。
彼はミーナやルル、そして奴隷少女達と永遠を共に出来る訳ではない。奴隷の娘達に関してはそもそもが彼女達を親元へ返してやろうとしているのだから、そこまで長い付き合いになるわけでもないだろう。
バルパは自分で全ての戦闘をこなし、彼女達のことをまったく知らぬままに終わらせてしまってはダメだと感じた。自分が助けてやれるのはあくまでもこの旅路の片道だけである。彼女達は別れてから、彼女達それぞれの道を歩んでいかなければならない。その道には必ず障害があり、自らを害そうという人物が仁王立ちしていることだろう。
人間の脅威が迫り、そして実際に人間の物欲によりおもちゃになりかけていた彼女達には、力が必要だ。そんな当たり前のことに気付くことにさえこれほどの時間がかかってしまったことに、バルパは自分の慢心を感じずにはいられなかった。
守ってやれる力があるから守ってやる。なんと傲慢な考え方だろう。その生き物が自分で勝ち得たもので頑張るしかないこの世界で、誰かの庇護にだけ頼るもののなんと弱きことか。
助けるつもりはない、助かれと言っていたはずの自分が、彼女達を助けようとしてしまっている。これも強くなり、自分の腕が大きく広くなったと感じているが故の錯覚なのだろうか。思い上がりも甚だしい。自分は未だネームドドラゴン相手にはポーション無しでは勝てないし、ヴァンス相手に殴り合いをしようものなら数秒もあればのされてしまう。
強くあって尚、弱き者の心を持ち続ける必要がある。ある程度強くなったからこそ、その強さに慢心してしまわないだけの心の強さが必要だ。
そう考えてみるとバルパは、自分の強さが心を伴わない薄っぺらいものであると感じずにはいられなかった。まるで頭でっかちの子供のようだと自分を嘲笑い、そして自分の年齢がまだ一歳にもなっていないのだから当然だと考え直す。
バルパは彼女達を守る、だがそれは一方通行のものであってはならず、そこには彼女達が自分の意思で生を掴み取ろうとするだけの何かが必要なのだ。
生きるためには、与えるだけでも与えられるだけでもいけない。彼女達もそれを知り、彼女達なりに努力をしてきたはずだ。今のバルパのやり方は、そんなミーナ達の努力を無下にしているものでしかない。
自分の持っている強さを誰かに自慢したがる子供のような感性も、直さなくてはいけない点だな。バルパは馬車を担ぎながら駆けながらそう思った。
海よりも深い溝と魔物の領域を隔てているこの地域は、人が通常の速度で進んでいてはいくら時間があっても足りないというほどに長い。かなりの時短が出来るバルパであっても、ここを踏破するのは並大抵のことではないだろう。実際はピリリの一族と会えれば問題はないため全ての場所に足を踏み入れる必要はないのだが、それでもどうしても時間はかかる。
ならばその時間を有効活用しない手はないだろう。
バルパはそんな風に考え、休憩の合間を縫うような形でミーナ達との擦り合わせを行っていった。その際に彼女達の全力を見せて欲しいと付け加えることも忘れずに。
彼が自分がどれほど傲慢であったかを突きつけられるまでにほとんど時間がかかるまでもなかったことは、言うまでもないことだろう。




