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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第一章 狩る者と狩られる者
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守破離

 彼女は外傷が消え、肉の再生が終わるとうっすらと目を開いた。そのままゴブリンの方を見るとように驚いたように固まる。彼は黙って右手の人差し指をつつと動かした、動きにつられ首を動かすとその先には固めて縛られている四人の仲間の姿。視線を戻したときには彼女の敵意は人一倍強くなっている。

「……何が目的なんですか? 体ですか、お金ですか?」

 金とは金子のことだ、そんなもの必要なはずもない。体と言えば体だろうが、目の前の女は戦闘のことを体と言っているのだろうか?

「それも悪くないが今回は違う、その回復の魔法だ。それを俺に教えろ」

「……教えを乞うにはそれに適した態度というものがあるのではありませんか? 自らを縛り、仲間ともども命を奪おうとしたあなたに従うとでも?」

 ゴブリンは彼女が何を言っているのか理解ができなかった。従う従わないの問題などすでに通り越している。強いものに弱いものは従う、弱者は強者の言うことをきかなければならない。それは彼にとっては当然の真理に近いもので、絶対の掟であった。

 闘争を是とし血と肉を肯定する彼の魔物としての本能が、人間に近しい彼の理性と反発し合う。

「なぜ従わない? 従わなければお前は死ぬ。ならば従属するのが当然だろう、違うか?」

「…………私の命はどうでも良いのです、あなたは享受と引き換えにあの四人の命を助けてくれますか?」

「……」

 ここでゴブリンは危険と回復魔法とを天秤にかけた。回復魔法を使えるというのは非常に大きなアドバンテージだ。だがそれと引き換えに四人を逃がしてしまえばおそらく、いや間違いなく彼らは更に人間を引き寄せてくる。強い存在を人間は数の暴力で屈服させる。人間を誘引する危険を負ってまで回復魔法を覚えるメリットはあるだろうか。

 袋の中には回復の出来る液体がたくさん入っている、回復魔法がなくともしばらくの間は困らない。

 教えてもらってから殺す、という選択肢もある。おそらくそれが最も合理的なはずだ。しかしゴブリンにはミーナという前例があった。もしかしたら今回も教えてもらううちに殺そうと思わなくなってしまう可能性がある。

 人間の強さを追い求めるのなら利用してから殺すのが最適であるはずだった。ありとあらゆる手を使い、自分に有利なように世界を動かす、それこそが人間の唯一にして絶対の強さ。

 だがそんな風に割り切り、世界の全てを拒絶してしまうことをどこか良しとしない自分もいた。

 もしあの時、逃げ惑う自分に手を差しのべてくれる誰かが居たのなら。そう考えてしまうのだ。他のゴブリンより少しだけ強く、少しだけ頭が良かったあの時に誰かに助けてもらうことが出来たのなら……そんな在りもしない可能性を思い浮かべてしまう。

 今の自分には強さがある、そして強いものというものは弱いものに言うことを聞かせると同時、弱いものを守る義務も生じる。強さを求めるという点でも戦闘を何よりも好むという点も変わらないが、今の彼には強さへの渇望以外の何かが確かにあった。

「お前は殺さない」

「私も、そしてルーニーさん達も、です」

 彼女の態度からは自分の提案が飲めないのなら絶対に屈しないという不退転の決意がありありと伝わってきた。

 もしこの場からあの四人を逃がせば、まず間違いなく自分に追っ手がかかることになるが……

「……それならば構わない、あの四人はこの場所に放置していこう」

 気付けば彼の口からはそんな言葉が出ていた。彼の気持ちを決めたのはミーナの存在でも、まして目の前の女の頑なな態度でもない。

 それは言ってしまえば直感のようなものだった。彼は今まで人間を見て、人間に教えを乞い、そして人間と戦い感じていたのだ。ただ人間を真似るだけではいけない、ということを。

 学ぶべきことは多いし、目から鱗が出るような見地も沢山ある。そんな人間を越えようとするのなら、真似の先へ行かねば、自らが何かを生み出さねばならないということを彼は心のどこかで感じ取ったのだ。だから一見すると非合理的で、自分にとって損しかないような選択肢を自らの直感にしたがって選ぶ。

「……わかりました」

 不承不承ながら頷いた彼女にゴブリンも頷きを返し、袋から取り出した液体を残る四人にかけた。すると彼らの傷は癒え、すぅすぅという安らかな寝息が聞こえてくる。

「それは……まさかエリクサー……? だとすれば……あなたは、一体……」

 何よりも強くなったその先にあるものをゴブリンは見つめていた。自分のあり方、自分がしたいこと。強さは目的ではなく手段であり、生存のある程度の目処が経った今彼は自分を見直す時期に差し掛かっていたのだ。

 自分はどう在りたいか、そう考えた時に彼から出た答えはこうだ。全ての生物に機会をやりたい。のたれ死ぬことも成り上がることも可能なような厳しく、しかし最低限の庇護だけはあるようなチャンスを全ての生き物にやりたい。

 自分という魔物が幸運を掴んだからこそ、彼はそう願った。

「縄は外す、お前は俺についてこい。迷宮深くへ潜る。回復魔法は実地で試す。お前はあいつらに別れを告げておけ」

 ゴブリンがそう言うと彼女はなにか白い薄っぺらいものにさらさらと模様を書き始めた。一枚一枚に思いでも込めているのかその書き方にはなにか情感を打つようなものがある。

 彼女はそれを手紙、と答えた。模様にしか見えないそれらには意味があり、そこへ別れの言葉を書き連ねているのだという。それを聞いて彼は自分の袋の中にも手紙に似たようなものがあることを思い出した。その意味が理解できるのならこの女に読み方を教わるのも良いかもしれない。

「済んだか、それなら行くぞ」

「……はい、皆さん……お元気で」

 名も無きゴブリンは回復魔法の使い手を連れ、ここから下にあるであろう階層へと足を踏み入れた。

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― 新着の感想 ―
ほう、NTR・・・。 このゴブリンは特殊性癖個体というわけか
[一言] 人間だけは頑なに殺さないの草
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