案外なんとかなるだろう
「……という感じですね」
「なるほど……つまり何にもわからないということだな」
「えっと、その……すみません」
レイの話を聞き現在魔物の領域において有力とされている三つほどの小国家の存在については確認できた。大体の地理と、なんとなくの国の位置もわかった。
だが極論を言ってしまえば、彼女から得られた情報は全く役に立つものではなかった。レイの話には肝心である彼女達の故郷についての情報がほとんどなかったからである。バルパはとりあえず何をするにしてもまずは彼女達を帰すことを目的としているために、その情報の欠落はあまりにも致命的である。
「つまり結局のところ、手当たり次第に行くしかないということか」
基本的にバルパは国だとか街だとか、あまり大きな枠組みで物事を捉えることが好きではない。そして彼は自分の手があまねく全ての生き物を包めるほど大きくないことを知っている。基本的に彼が手を差し伸べようとするのは身内か、もしくは実際に会ったことのある者のみである。会ったこともない、顔も知らないような人間も全部救うと豪語するほどバルパは聖人君主ではない。自分の腕にも限りがある以上、空いている部分で出来るだけ手を貸してやるくらいしか出来ないのだ。
バルパは国という大きな集団や、それよりも更に大きな単位である人間や魔物というものがあまり好きではなかった。個人は個人として、個人的に友誼を結んだ集団はその集団として接したいと思っているし、そうしたいと考えている。
彼は自分達がどういう扱いを受けるのかまったくわかっていない。人間界でエルフなり天使族なりが珍しいというのなら、魔物の領域で彼女達が珍しくないとどうして言えるだろう? バルパ達一行は人間と魔物の混成集団であり、恐らくどんな場所に行ってもある程度の悶着は起こることになるだろう。
故にバルパは、基本的には国なり都市なりを避けて行こうと考えていた。大きな場所は避けたとしても、小さな部族なり種族なりは点在しているはずだ。多少のことはバルパだって聞き及んでいる、今の魔物の領域は正に混沌とした状態であるということくらいは。
亜人の中にも種類があるが、それらを亜人と総称すると仮定しよう。そして同様に明らかに見た目が人間でも亜人でもない生き物を魔物と定義する。
亜人と魔物は習慣も、風俗も、食べねばならないものも、生きるために必要なものもまるで違う。
世界樹と呼ばれる木がなければ死にかけていたウィリスと命の灯火がないせいで瀕死の状態だったヴォーネが良い例だ。彼女達のような種族が多いのなら、各種族は自らに必要なものを求めるだろうし、そんなことばかりが行われれば争いに発展するだろう。だからこそ少なくとも彼女達の故郷のエルフとドワーフは自分達の子供にすら詳しい現在位置を教えないような教育を施したに違いない。
土台彼らは一つの場所で同じルールの元で暮らすことが不可能に近い。子を産んだ瞬間に夫が妻を殺す掟のある種族と、それとは逆に妻が夫を殺すしきたりのある種族ではまともに折り合いをつけて生きていくことも難しいだろう。
だからこその秘密主義、だからこその生息域の分散なのだ。きっと彼らはこのように生きていかないと、争わずに生きていくことが出来ないのだろう。
ふとバルパは、だとすれば彼らのうちの多くを纏めた魔王という存在は、一体どんな魔物だったのだろうかと不思議に思った。今度会ったときにでも聞いてみようか……そう考える彼の視界に申し訳なさそうなレイが映ったので、彼は思考の海の奥深くに沈むのを止めた。
「大きな街へ行けば面倒事が起こるだろうから避けるつもりだったのだが……話を聞いている限りでは一度行ってみて情報を集めないことにはなんともしがたいな」
「エルフは森の奥深くにいるわ‼ だからまず最初はエルフの里に…………嘘吐きましたすみません、私は最後で良いです‼」
「こらレイ、笑顔で怒りを表現するな。本当に怖いんだぞ、それ」
「あらすいません、ついうっかり」
「にしてもそうか……一応故郷の詳しい話を聞かせてくれ」
何かヒントは得られないかと話を振ってみると、あわよくばという思いが捨てきれないらしいウィリスが胸を張る。どう見ても貧相な胸だが、バルパは貧相な方が被弾部分が減って良いと考えるタイプだったので憐れむような視線を向けることはなかった。
「えっとね、エルフの里は外回りに黒い金属の壁があるわ。外からのどんな生物も中に入り込めないように、大量の兵器が置いてあるの」
「じゃあ俺達は行けないな、里帰りは諦めろ」
「そういう意味じゃないことくらいわからないのっ⁉ バカな主を持つとこれだから……うぐっ‼」
奴隷の首輪がギュッと締まった、どうやらまたバルパを害そうとでもしたようである。だが会うたび会うたびこうなので、バルパにとって彼女の攻撃未遂はもはや日常茶飯事でしかない。首の痛みとレイのひっぱたきのダブルパンチでめそめそ泣き始めたウィリスを見て、どうなるかなどわかっているのに懲りない奴だと笑うバルパ。
絶対諦めてなるものかという必死さとなんとしてでもこいつを利用して這い上がってやるとでも言いたそうな態度はバルパにとり気持ちの良いものだった。腹の中で何を考えているかわからないより、こうやってあからさまでいてくれた方がシンプルで良い。
どうやらエルフは森の奥深くで、侵入した生き物を皆殺しにする防御施設の中で暮らしているらしい。亜人や魔物にも冒険者という職があるのなら、そこを伝って探していけば案外簡単に見つかりそうだ。
同様にヴォーネにも聞いてみると、彼女の故郷はとにかく暑い場所らしい。そして一際大きな火山があり、そこの熱を利用して武具を造っているとのことだ。
でかい火山と暑さ、なんとも漠然としたヒントだがこれもまた誰か博識な魔物にでも会えれば解決しそうな予感がある。
続いてレイに聞いてみると、天使族はひたすら色々な場所を転々としているらしい。天使族というのは魔物の領域に住む者達にとっては各々によって扱いが違うものらしく、友好な者を探しては交流をし、敵対的なものの勢力が強くなっては別の場所へという暮らし方をしているらしい。
明らかに彼女の種族だけ捜索の難易度が段違いである。言わば故郷など有って無いようなものであり、故郷へ帰すことは困難を極めそうである。
「ではレイが最後になりそうだな」
「はい、それは覚悟しています。そこまで時間がかかることもないでしょうから、ゆっくり気長に待つとします」
レイを帰せるかどうかは運の要素が強くなりそうだった。
とりあえずの順序としてはどこか大きな街へ寄り、エルフとドワーフに関連する情報を探すというのが優先度の高い選択になってくるだろう。まだ一人話を聞いていない少女がいるために確定ではないが。
奴隷になった順番を聞くとレイ、ピリリ、ヴォーネ、ウィリスの順番であったらしい。これもまた大きな手がかりである。一体どれだけ旅が続いたかということに関しては正確な記録があるわけではないが、恐らく半年かかってはいないだろうと答えが帰ってくる。
大して強くもなく、こそこそ隠れていた彼らで半年近くだとすれば、バルパが全力をかければそこまで大した時間はかからないだろう。
自分が少しばかり取り越し苦労をしすぎたことに気付き鼻から息を出す。その程度の距離なら、バルパが彼女達を置いておける場所を確保できれば数ヵ月もあれば情報を集められるだろう。文字通り桁の違う彼の全速力なら、全方位に駆けてもそこまでの時間はかからないはずだ。
長くとも一年もあれば彼女達を親元に帰せるだろう。そうすれば奴隷の首輪に関しての問題は残るとはいえ、とりあえずは行動の自由を得ることになる。
とすればまずは自分が捜索をする時間、彼女達を安全な場所に置いておけるような居場所を探す必要があるな。
とりあえず今後の大体の目標は決まったバルパは彼女達に最後にピリリを呼んでくるように伝えた。
去り際にレイはくるりと振り返り、彼に近づきその耳元で囁いた。
「ピリリにあんまり酷いこと、言わないであげてくださいね」
「……? ああ、そんなことをする必要が見当たらないからな」
「バルパさんは時々、不用意な行動を取りますからね。ピリリのこと泣かせたら、承知しませんから」
不用意な行動という言葉に心当たりの有りすぎるバルパは、喉を唸らせてから背筋を伸ばして彼女から距離をとった。
「……善処しよう」
「はい、お願いします」
ヒラヒラと手を振り、パタパタと翼をはためかせているレイの背中を見ながらバルパは今再びこう思った。これではどちらが主なのか本当にわかったものではないな、と。




