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ゴブリンの勇者  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)
第三章 剣を捧ぐは誰がために
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二者面談 ミーナ編

「遅かったな、何をしてたんだ?」

「喧嘩」

「そうか」

「……」

「……」

 それ以上会話をすることもなく黙ってなんとなくお互いを見つめ合う二人。

 バルパは藪をつついて蛇を出したくなかったので、とりあえずあまりよく見てはいなかったミーナの変貌を観察してみることにした。

 ローブが以前よりもかなり派手になった。前は地味な色合いな物を選んでいたはずなのに、今の彼女が着ているのは真っ赤でごてごてとした装飾のついたローブだ。

 紅い色合いで誰の影響を受けているかはすぐにわかったし、派手な色のせいで敵の目を引きそうなのは問題だと思ったが、彼女の服装にケチをつけるとまず確実に怒られる確信があったので口に出したりはしなかった。

 ルルは元から着ていたのを少しマイナーチェンジさせたような青い服を着ているので、二人は並ぶと赤と青で対照的な見た目になっている。赤いローブを着て快活なミーナと、青い修道着を着て比較的に大人しいルル。どうやら関係はさほど良好ではなさそうだが、険悪ではなさそうなので問題はないだろう。

 ミーナの顔や体格の成長は良くわからない。強いて言えば身長が少し伸びたような気もするが、一々測っていたわけでもないので確証はない。

 顔立ちは多分変わっていない。三ヶ月離れていて別人になってしまっても怖いので、バルパとしてはへちゃむくれなミーナの顔がそのままでホッとしている。 

 急にキリッとされて面を食らわずに済んで助かった、バルパは安堵してホッと息を吐く。自分の方を見つめている彼女が間抜け面を晒していたので、なんとなくその頬をつまみみょんみょんと伸ばしてみる。

「みょ………ふぁふぃふふんふぁっ‼」

「……うん、変わらないな」

 下手な布よりも良く伸びると感心しながらほっぺを弄んで楽しんでいるとミーナが声をあげてその手を払った。

「だー、止めてってばっ‼」

「む、わかった」

「……そこでものわかりが良いから、毎回拍子抜けするんだよなぁ……」

 遠い目をするミーナは、見た限りほとんど変わりはないようにしか思えない。人と三ヶ月という時間離れていたというだけで変わっていないか確かめたくなるくらい不安になっている自分を顧みて、随分腑抜けたものだと思うバルパ。

 ミーナに関しては、正直なところそこまで話をする必要などないと思っている。彼女もまたバルパと同じ気持ちだからか、いつもように弾丸トークを繰り広げようとする気配もない。

 つまるところバルパは彼女を守ろうと強くなり、ミーナはそれに追い付こうと強くなった。他の要因も絡み複雑ではあるが、こと二人のことを抽出して要約してしまえばその一言に尽きるのだ。

 行き違いがあったり、バルパが自分が良しと思ったことで彼女を傷つけたり。彼女が感情に任せて不用意にヴァンスという怪物を呼び込んだり。色々なことがあったが、やはりバルパが最も信頼しているのはなんやかんやで彼女なのである。自分の魔撃の師匠であり、人間でない自分をなんでもないと受け止めてくれた少女。

 彼女が居なければきっとバルパは今頃、各地の迷宮でひたすら戦闘に明け暮れ続けていただろう。人の街に入るなどという恐ろしいことはせずに、これ以上誰かに自分の存在を知られたりしないように。

 もしただひたすらに自分が迷宮にこもり続けていたらどうなっていただろう、バルパは有り得た未来について想像してみることにした。

 日々精神を磨り減らしながら、ただひたすらに戦いに明け暮れる毎日。きっとそれは楽しく、瞬間瞬間を有意義に感じられるものだっただろう。自分を一本の刀のように研ぎ澄まし、削り、ただ一心に研いでいく。その結果魔力は莫大な量に達し、魔撃の威力は凄まじく向上していただろう。

 今の自分と有り得た自分が戦ってみれば、僅かにあちらに分があるように思える。だがもしそうなっていた場合、自分は遠からず誰かによって打ち倒されていたような気がする。

 血生臭いダンジョンの中で命を懸け続けていれば、ミーナと一緒に食べたご飯の味も、ルルに教えてもらった人間社会のアレコレも、記憶の隅に追いやられてしまっていたことだろう。そして人間への憎悪ばかりがつもり、鬱憤から冒険者達を襲ってしまっていたかもしれない。

 もちろんそうではなかったかもしれないし、実際自分がただ機械的に戦闘を行うだけの魔物となっていた可能性はそこまで高くはなかったと思う。

 だが同時に、ミーナがついてきてくれていなければ今のように人間社会に溶け込むことは出来ていなかったとも思う。

 リンプフェルトに向かおうとは思っていたが、恐らく自分は一人で行動していれば必ずどこかでボロを出しただろう。そして自分の存在を露見させないために何か事件を起こし、街で過ごしていたヴァンスに一も二もなく殺されていたという可能性は十分に考えられる。

 そう考えてみると今自分がこうして人間と話をして、人間界に溶け込み仲間を作り、魔物の領域へ向かえているということそれ自体がまるで奇跡のように思えてくる。

 そしてそんな奇跡を起こしてくれたバルパにとっての女神様は、今自分の前でどこかぼうっとした表情をしているミーナなのだ。

 強さでいえば自分には及ばないし、彼女は命を救われた恩を返しきれていないと何度もバルパにお礼を繰り返していた。

 だが、礼を言うのは自分の方なのだ。きっと今こうしていられるのは、ミーナが彼女なりに頑張ってくれたおかげなのだから。

「だから改めて言おう。俺は守るぞ、お前の全てを」

 脳内の思考から地続きで発されたその言葉は、ミーナからすれば意味の通っていないものだっただろう。だが彼女はそれを咎めるでもなく、そして口うるさく言うのでもなく小さく心を声に乗せる。

「違う、全部なんていらないよ。だって私も、バルパを守りたいもの。守られてるばっかりは嫌なんだだもん」

「…………そうか、頑張れ」

「うん、頑張る」

 ルルと話していた時とは異なり、二人の言葉はぶつ切りで、合間合間には大きな沈黙が空く。だがバルパにはどうしてか、その間が不快だとは感じられなかった。

 てっきり彼女は自分の側で、自分の隣に立とうとしているのだとばかり思っていた。だがどうやらミーナは自分を超え、この妙なゴブリンを守ってしまおうと考えているらしい。

 ずっと守ってきた彼女に守られると考えるのは少しこっ恥ずかしい感じがしたが、もしそうなったらそうなってで悪くないと、そう思えた。

 彼女の魔力量は既に自分を大きく超えている。このまま伸び続ければ、下手をすればヴァンスに届くだけの化け物の領域にまでたどり着けるかもしれない。

 そんな未来が来るのがちょっと怖くて、そしてそれ以上に楽しみだった。

「これ以上、言葉はいらないだろう」

「うん、そうだね。誰を呼んでくれば良いの?」

「ピリリ以外の三人で頼む」

 わかったと小走りになって駆けていく彼女の背をじっと見つめる。バルパにはその背中が、話をする前よりも心なしか大きく感じられた。

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